承久の乱…ついに東国武士たちの自立した政権が誕生
鎌倉殿と北条氏(9)承久の乱を経て「武家の時代」へ
「武者の世の扉を開いた」一人として、平清盛がなし得なかった「幕府」という組織をつくった源頼朝。その後、源氏三代による「貴種の幕府」が続くが、北条氏の台頭に伴う御家人同士の争いを経て、尼将軍を戴く「東国武士による...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/03/06
藤原定家『明月記』にも出てくる「和田合戦」とは何か
鎌倉殿と北条氏(8)御家人同士の主導権争いと和田合戦
「承久の乱」という大きな歴史の流れに向かう一方、鎌倉幕府内部では北条氏が御家人の中心を占めるための地域紛争が連続していた。梶原景時、畠山重忠などの滅亡後、鎌倉幕府にとっても北条氏にとっても極めて重要な争いとなっ...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/02/27
源実朝の悲劇で誕生した尼将軍と東国武士による幕府政権
鎌倉殿と北条氏(7)源実朝から北条政子・義時の時代へ
3代将軍・源実朝は『金塊和歌集』を編んだ天才歌人として名高いなど文化的イメージが強いだけに「北条氏の傀儡だろう」という説が唱えられたが、事実はそうではなかった。実朝は「将軍親裁」を実行し、それを支えたのが執権・北...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/02/20
2代将軍・源頼家と「比企の乱」…政子の苦渋の決断とは
鎌倉殿と北条氏(6)源頼家と母・北条政子の関係と悲運
『吾妻鏡』によると、北条政子は息子である2代将軍・源頼家に対して冷酷な母だったとされるが、はたしてそうなのか。また近年、「鎌倉殿の13人」による合議制は頼家の将軍権力を補佐する制度だと考えられるようになったことなど...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/02/13
御台所となった北条政子が果たした重要な役割とは
鎌倉殿と北条氏(5)源頼朝の妻となった北条政子の実像
北条政子には源頼朝没後の「尼将軍」イメージが強いが、彼女をそのように成長させたのは頼朝とともに苦労をした戦乱下の数々の体験だった。伊豆で生まれ育った、ありふれた武士の娘から御台所となった政子が頼朝と東国の武士た...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/02/06
なぜ伊東にいた源頼朝が北条に行くことになったのか
鎌倉殿と北条氏(4)流人の恋と貴種流離譚〈下〉
八重と別れた源頼朝は北条政子と結びつくことになるのだが、注目すべきは伊東氏のもとにいた流人・頼朝がなぜ北条氏のところに行くことになったのかということだ。貴種流離譚では悪逆非道の人物として描かれている伊東祐親だが...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/01/30
「阿波局」が二人いる…八重に秘められた謎に迫る
鎌倉殿と北条氏(3)流人の恋と貴種流離譚〈中〉
源頼朝と別れた後の八重の運命は不詳だが、再嫁した八重がその後、頼朝を通じて北条義時に嫁いだのではないかと考えられている。そうであれば、御成敗式目を制定した北条泰時は、八重の産んだ子である可能性が高い。いずれにせ...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/01/23
貴種流離譚――源頼朝と八重が織りなす悲恋の物語とは
鎌倉殿と北条氏(2)流人の恋と貴種流離譚〈上〉
執権北条氏の始まりは、流人・源頼朝の恋多き資質と関係が深い。最初の事件は伊東祐親の末娘・八重との悲恋であり、その別れが北条政子との出会いへとつながっていく。そこには「貴種流離譚」という物語の型が重なるため、事実...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/01/16
源頼朝と北条氏の真実…女性関係のトラブルから始まった数奇な運命
鎌倉殿と北条氏(1)北条氏はなぜ権力闘争を勝ち抜いたのか
公家の世から武士の世へと大きく転換した時代、その舵取り役を果たしたのは、いうまでもなく東国武士たちだった。とりわけ源頼朝の妻となった北条政子とその実家である北条氏が、大きな役割を果たすことになっていく。ここでは...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/01/09
国中諸郡退転という危機…北条氏康の天文19年の政治改革
百姓からみた戦国大名~国家の本質(6)統一的な税制改革
村の安定的な存続のために、戦国大名は領国内で一律の制度をつくることを試みた。北条家の事例では、天文19年、北条氏康の政治改革によってそれが達成される。このきっかけとなったのは、地震災害によって生活費の工面ができな...
収録日:2019/03/20
追加日:2019/10/20