編集長が語る!講義の見どころ
石原慎太郎と三島由紀夫と近衛文麿を比較すると/片山杜秀先生【テンミニッツTV】
2023/01/24
いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です。
テンミニッツTVにもご出演いただいている猪瀬直樹先生が『太陽の男 石原慎太郎伝』(中央公論新社)という評伝を発刊されました。
石原慎太郎氏が亡くなってから、もうすぐ1年。石原さんの没後には、石原さんご自身が遺した刺激的な自伝も発刊されました。
『太陽の季節』を発表以来、日本に様々な刺激を送り、自分自身も政治家としての道も歩んだ石原慎太郎氏。その歩みを振り返ってみることは、戦後日本のあり方を検証することにも大きくつながります。
テンミニッツTVでは、石原慎太郎氏をテーマとした片山杜秀先生(慶應義塾大学教授)の講座を配信しています。石原慎太郎氏の文学について三島由紀夫と対比し、さらにその政治について近衛文麿との対比も加えて論じた、片山先生らしい鋭い切り口の講義です。
石原慎太郎氏と三島由紀夫の芸術論があざやかに浮かび上がるとともに、ポピュリズムの本質と危険も明確になる、まことに興味深い内容です。
◆片山杜秀:石原慎太郎と三島由紀夫と近衛文麿(全9話)
(1)政治家・石原慎太郎の源流と核の問題
都知事、非核三原則…1970年・30代の慎太郎が書いていたこと
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4494&referer=push_mm_rcm1
この講座の全貌をご紹介すべく、2話以降のタイトルも書き出してみましょう。
◆(2)都知事・石原慎太郎への時代的経緯
学生闘争の街頭封鎖に知事の力で対峙せよ…国家革新の論理
◆(3)価値紊乱者・石原慎太郎と戦後派の時代
価値紊乱者たれ…「生命的な実感」の重視と旧世代への反逆
◆(4)三島と石原の芸術性は対極的
『潮騒』と『太陽の季節』…美への憧憬vs煽情的な太陽族
◆(5)セクト化する三島と大衆動員する石原
慎太郎がスポーツや五輪を強調した理由…大衆の欲望の解放
◆(6)石原慎太郎は保守主義かファシズムか
「石原と小田実って全然同じ人間だよ」…保守とは何か?
◆(7)石原慎太郎と近衛文麿の政治手法
『「NO」と言える日本』と「英米本位の平和主義を排す」と
◆(8)大衆の人気に頼る政治家の失敗
日中戦争、大政翼賛会…近衛に学ぶポピュリズムの自縄自縛
◆(9)ポピュリズムに陥らないために
情動に訴えるのではなく、思想性と理性と教養を回復しよう
まず片山先生は、1970年に発刊された『慎太郎の政治調書』(講談社)という本をご紹介くださいます。この本は、石原慎太郎が1968年に参議院議員になってから週刊誌に連載していたコラムをまとめた一冊ですが、すでにこの時点で、石原慎太郎が「都知事をめざすこと」が予見される内容や、現代の情勢にも通じるような「核兵器についての議論」が展開されているのです。
そして第3話から、三島由紀夫と対比させつつ、石原慎太郎の芸術について深掘りされます。
片山先生が注目するのは、デビュー当時の石原慎太郎が好んで使ったという「価値紊乱者」という言葉です。
石原慎太郎は、従来の経緯を踏まえて物事を判断していく「大人の論理」を軽蔑し、自らの「生命的な実感」を重んじて、煽情的かつ衝撃的にその「実感」を礼賛するような作品を次々と発表します。まさに戦前から戦後体制につながる価値観を嘲笑し、かき乱して、「太陽族」的なイメージを打ち出したのです。
石原慎太郎の芸術のスタイルは、大衆の中にある欲望を解放してみせ、また、強い敵にあえて挑んでみせて、大衆の喝采を浴び、大衆を動員していくスタイルだったと、片山先生は分析されます。
そのような芸術のあり方は、三島由紀夫と対極的なものでした。片山先生は、それを三島由紀夫の『潮騒』(1954年)と石原慎太郎の『太陽の季節』(1955年発表)を比べることで論じていきます。
この二つの作品は、いずれも海を舞台に若者の恋愛を描きますが、三島由紀夫は日本では失われたような古代の美意識への憧憬のような世界を描き出した。一方で石原慎太郎は、性と暴力の入り乱れた若者の現代的で遊戯的な風俗を描いてみせた。
この両者の違いは、政治性にも表れます。石原慎太郎が参院選全国区に自民党から出馬し、大衆の人気を集めてトップ当選したのに対し、三島は「楯の会」を結成して、先鋭的なセクト化の方向に歩を進めるのです。
ところで、「価値紊乱者」である石原慎太郎は、本当に保守といえるのでしょうか?
実は、三島由紀夫は「石原と小田実は、同じ人間」だと喝破してもいました。また、これは猪瀬直樹先生が書いていることですが、都の行事で君が代を歌う機会があった折に、石原さんは「きみがよは」のところを「わがひのもとは」と歌っているようであった、ともいわれます。
石原慎太郎の保守的と見える数々のパフォーマンスの意味とはどのようなものだったのか。片山先生は「保守的なのかファシズム的なのか」という刺激的な問題提起もされます。それらが論じられる第6話も必見です。
さらに片山先生は、石原慎太郎と近衛文麿を対比させます。石原慎太郎は、肉体的な直感を重んじて強者に挑みかかる政治的主張を繰り広げ、人気を博します。
日米摩擦の真っ最中に発刊された『「NO」と言える日本』はそれを象徴する一冊でした。
この本で石原慎太郎が「日本の半導体がなければアメリカのミサイルの精密性は保てない」と恫喝的に語ったことは一躍有名となり、快哉を叫ぶ日本人も多く現われました(当時の日本の半導体の優位は、今となっては信じられぬほどの話ですが)。
一方、近衛文麿は、第1次世界大戦後に設立された「国際連盟」を多くの日本人が礼賛している風潮を強烈に批判する「英米本位の平和主義を排す」という論文を書いて、大衆的な人気を獲得します。
ここで近衛文麿は、次のように主張しました。
《アメリカやイギリスは、自由主義や平和主義のような国際的な価値、普遍的な価値を自分たちが代表しているかのようにセットにすることによって、自分たちのアドバンテージを無限に、当たり前のように見せかけているにすぎない。英米が自分たちのポジションを永遠に保ち続けるために言っている論法に日本人が喜んでいてどうするのだ。どこまで行ってもいいようにされてしまうのではないか》
このような主張を声高に唱えた近衛文麿と石原慎太郎。両者の共通点から見えてくるものこそ、ポピュリズム政治の実像と限界です。
片山先生は、それを詳細に論じたのち、第9話で「情動に訴えるのではなく、思想性と理性と教養を回復すること」の重要性を訴えるのです。
石原、三島、近衛の3者の比較により、現代日本の時代状況お明確に見通せるようになる、珠玉の講座です。ぜひご覧ください。
(※アドレス再掲)
◆片山杜秀:石原慎太郎と三島由紀夫と近衛文麿(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4494&referer=push_mm_rcm2
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☆今週のひと言メッセージ
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《生きるための知的力》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=2541&referer=push_mm_hitokoto
21世紀のリベラルアーツを定義する
曽根泰教(慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長)
教養、あるいはリベラル・アーツは、大学に入った時点で必要というよりも、一度社会に出て必要性を感じてリベラル・アーツに立ち戻る道も重要です。例えば、もう一度哲学を勉強してみたい、歴史を学んでみたいと必要性に気付いたときに、実は有効だともいえます。一言で位置づけると、「生きるための知的力」、生きるために必要な知的な力だ、といえるでしょう。
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編集後記
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皆さま、今回のメルマガ、いかがでしたか。編集部の加藤です。
さて、本日(1月24日)14時から小泉武夫先生の「和食」ウェビナーが開催されますが、和の文化にもいろいろあります。ここではその一つである、日本刀という伝統工芸についての講義を紹介いたします。
◆松田次泰:刀匠・松田次泰に聞く―日本文化と日本刀 (全3話)
(1)刀の本数制限
代刀の年間製造本数制限とそこで生じる問題点
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=1945&referer=push_mm_edt
それまで誰もできなかった「鎌倉時代の名刀」の再現に成功した刀匠・松田次泰氏。日本刀を通じて日本文化について語った貴重な講義です。日本文化の価値はどこにあるのか。日本の文化にとって刀はどのような意味を持つものなのか。とても興味深いお話が聴けます。ぜひシリーズを通してご視聴ください。
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