編集長が語る!講義の見どころ
生誕100年、あれから100年/特集&片山杜秀先生【テンミニッツTV】

2023/11/24

いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です

司馬遼太郎、遠藤周作、池波正太郎、李登輝、キッシンジャー、そしてハチ公……。

今から100年前の「1923年=大正12年」に、色々な方が生まれています。さらに関東大震災があったのも、そして日英同盟が失効したのも1923年です。

はたして100年前はどのような時代だったのか。今年が生誕100年だった人々が成し遂げたこととは。そして、100年前の経験や、この100年という時間に学ぶべきこととは。

2023年の年の瀬に向けて、「100年の視点」から色々と考え、未来を展望しましょう。


■本日開始の特集:生誕100年、あれから100年

https://10mtv.jp/pc/feature/detail.php?id=213&referer=push_mm_feat

・片山杜秀:生誕100年、司馬遼太郎、遠藤周作、池波正太郎の世界に迫る

・江口克彦:李登輝が司馬遼太郎の墓前で「静かなる革命」と報告した理由

・島田晴雄:シンガポールはなぜ驚異的な経済発展を遂げたのか?

・石川好:毛沢東の「1万年後に解決」にキッシンジャーがのけぞった

・一ノ瀬正樹:東京大学とハチ公の意外に知られていない関係とは

・中西輝政:日英同盟の廃棄、総力戦…世界秩序の激変に翻弄された日本

・山内昌之:バブル景気、格差社会、政界再編‥100年前との共通点

・浜崎洋介:小林秀雄をより深く理解するための「近代日本小史」

100年くくりで、さまざまな人物や歴史的事件を取りあげておりますので、ぜひ、気になった講義からご覧ください。


■講義のみどころ:司馬遼太郎のビジョンの謎を解く(片山杜秀先生)

本日は、今年が生誕100年の司馬遼太郎について、片山杜秀先生(慶應義塾大学教授/音楽評論家)にお話しいただいた講義を紹介いたします。

司馬さんは、1923年(大正12年)8月7日に生まれ、1996年(平成8年)2月12日に亡くなりました。

『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『国盗り物語』『関ケ原』『坂の上の雲』『世に棲む日々』『翔ぶが如く』『空海の風景』『項羽と劉邦』『菜の花の沖』『韃靼疾風録』……

……と並べてもまったく足りない数多くの小説を執筆され、さらに『街道をゆく』などの紀行も次々と発刊されました。いずれかの作品をお読みになった方も多いのではないでしょうか。

片山先生は、『見果てぬ日本~司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦』(2015年、新潮社)という本を発刊しておられます(文庫版は『左京・遼太郎・安二郎~見果てぬ日本』2023年、新潮文庫)。さらにご自身も『未完のファシズム』(新潮社)で第16回司馬遼太郎賞を受賞されています。

その片山先生が、司馬遼太郎をどう語るのか。まさに必見の講義です。

◆片山杜秀:司馬遼太郎のビジョン~日本の姿とは?(全6話)
(1)1923年生まれの3人の作家
生誕100年、司馬遼太郎、遠藤周作、池波正太郎の世界に迫る
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4929&referer=push_mm_rcm1

片山先生がまず語るのは、司馬遼太郎、遠藤周作、池波正太郎という、1923年生まれの3人の作家の比較です。

片山先生は、この3人の「本質」を次のように喝破します。

キリスト教と日本の折り合いという視点から歴史小説を書いていった遠藤周作。

アメリカのギャング小説やスパイ小説が大好きで、その世界を江戸に当てはめて書いていった池波正太郎。

そして竜馬ブーム、新選組ブーム、長州ブームなど、まったく違う立脚点の人々を描いてブームを巻き起こし、1960年代後半には国民的な作家になっていった司馬遼太郎。

それぞれの違いが、とてもクリアに浮かび上がります。

片山先生は、司馬さんが「討幕か、佐幕か」などというイデオロギーにとらわれなかった点を強調されます。なぜ、それが可能だったのか。

それは、司馬さんが描こうとしたのが、「自分の才能で、それまでの枠を飛び越えて活躍し、自己実現した人物たち」だったからだと、片山先生はおっしゃいます。

また、司馬さんの『竜馬がゆく』がNHK大河ドラマにもなった明治百年の1968年頃は、日本は学生運動など政治の季節でもありました。

その時代において、司馬さんの小説は、明治維新以降の日本が素晴らしいと語りかける点で保守層のエスタブリッシュメントからも歓迎された。その一方で、世の中を変えていく若い青春群像を描いている点で、学生運動などに携わっている革新志向の層の心も捉えた。そう片山先生は分析されます。

加えて、司馬さんの小説の魅力は、歴史家のような客観的な文体を基本にしつつ、上手にドラマを運んでくれるところにもありました。娯楽作品として成立させながら、きちんと歴史のまじめな本を読むように説明していくので、知的な快感が保たれているのです。

しかも上述のように、たとえば討幕派も佐幕派の両方をそれぞれの立場で書いてくれているので、それらを組み合わせて読めば、大きな歴史が見えてくる。

これによって「楽しく読ませながら、勉強にもなる」という、司馬さん独特の世界ができあがっていきました。

しかし、その司馬さんが描いた日本とは、いかなるものだったのか。

ここから、片山先生の司馬論は、さらに深みを増していきます。

ここで注目されるのが、司馬さんが大阪外国語学校に進み、モンゴル語を専攻していることです。

片山先生は、次のように語ります。

《司馬遼太郎さんはモンゴル語というものを選んだ。司馬遼太郎さんには、馬に乗って、自由に旅をするということで、狭い島国を超えたいという憧れがあった。「日本嫌い」ということを司馬遼太郎さんは実は繰り返し繰り返し、いろんな座談会や講演会でいっているが、これは司馬遼太郎さんのキャリアを調べれば、やっぱりポーズではなくて、本心だと私は思わざるをえない……》

司馬さんは、中国史でいえば、万里の長城の内側の中原で農業を営んでいるような文明のあり方よりも、万里の長城の外側の遊牧騎馬民族的な文明に憧れた。だから日本史もそのように見ようとした。

土地や組織にしがみつくようなあり方や、妙な精神主義に走るようなあり方を嫌い、新しい方向に向かってとてつもないことをやり、夢をまいて若くして死んでいった人たちを好んで描いた。日本人は、こんなにかっこよく、創造的に生きられるということを、司馬さんはロマンを託して書いた。

そんな司馬さんが好んだのが、「ウラル・アルタイ語族」という議論だったと、片山先生はおっしゃいます。これは司馬さんが大阪外語大額で学んだ時代の語学教育に、決定的に影響を受けています。日本語は、朝鮮語、満洲語、モンゴル語、シベリアの諸言語、さらにハンガリー語やフィンランドのフィン語などと同じ「ウラル・アルタイ語族」に属していると考えられていたのです。

現在、この学説は否定されているといわれますが、司馬さんのなかでは、この大きな広がりが重要な意味を持っていたと片山先生は喝破します。そのような広がりあるビジョンがから導き出されるものとは……。

それについては、ぜひ講座本編をご覧ください。片山先生の講義はいつものように博覧強記の縦横無尽。司馬作品を原作とした懐かしの大河ドラマの話から、作品解題、時代分析、文明論にまで至る珠玉のお話を、ぜひお楽しみください。


(※アドレス再掲)
◆特集:生誕100年、あれから100年
https://10mtv.jp/pc/feature/detail.php?id=213&referer=push_mm_feat

◆片山杜秀:司馬遼太郎のビジョン~日本の姿とは?(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4929&referer=push_mm_rcm2


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編集部#tanka
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三日坊主、片付けできない自分……。島宗理先生が、誰もが抱える問題について、行動分析学の見地から解決法を教えてくれます。でも、自分を甘やかすのも、それはそれで…。(達)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=2848&referer=push_mm_tanka