編集長が語る!講義の見どころ
ヒトはなぜ罪を犯すのか…進化生物学から考える/長谷川眞理子先生【テンミニッツTV】

2024/05/07

いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上です。

さて、「ヒトはなぜ罪を犯すのか」。まことに大きな問題ですが、しかし、ここは一度、しっかりと考えておきたいところです。

本日、ご紹介するのは、長谷川眞理子先生に進化生物学・進化心理学の見地から、この問題に迫っていただいた講義です。

倫理・哲学や法律的側面ではなく、生物や脳のあり方から見た場合、「罪」はどのように考えられるものなのでしょうか?

◆長谷川眞理子:ヒトはなぜ罪を犯すのか(全3話)
(1)「善と悪の生物学」として
法曹界の『人間観』は間違い?脳の働きから考える「善悪」
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5258&referer=push_mm_rcm1

長谷川先生は、この講義の第1話の後半で次のような趣旨の問題提起をされます。

《やや挑発的に「法曹界の『人間観』は間違っている?」と書きました。普通、法曹界の「人間観」では、大体「ヒトは合理的に行動する」ものだと想定しています。それから、「ヒトは自分の行動を意識して、それを記憶し、自らの行動を合理的に説明できる」、そうであらねばならないと法曹界は仮定して法律の体系を作っていると思います。

ところが最近の認知神経科学、心理学、進化生物学などの成果はこぞって、「いや、ヒトはそういうものではないのだ」ということを示しているのだと思います》

これは、まことに興味深い話です。長谷川先生は、《“ヒトの罪とは何か”を難しく語る法学や哲学の話ではなく、私が考えるところは、「善と悪の生物学」とでもいうようなこと》だとおっしゃいます。はたして、どのようなことでしょうか。

ヒトは集団で社会を作って暮らしていて、みんなでいろいろ協力したり、同じ目的にみんなで励んだりしないといけません。

ところが、集団内の個々のメンバーの間には、必ずや利害対立が存在します。その利害対立をどうするかというときに、「情動(emotion)」がその原動力となると長谷川先生はおっしゃいます。どういう行動をさせるかという原動力を作り出す脳の基盤があるのです。

簡単にいえば、「快」と感じるか、「不快」と感じるか、です。

自己の生存と繁殖に有利になるものや状況は「快」と感じ、自己の生存と繁殖に悪い影響を与えるものや状況は「不快」に感じる。これが行動の原動力です。

動物も基本的には同じですが、人間社会はとても複雑なので、「快」「不快」を引き起こすものや状況が同時に複数ある場合もあります。

おいしいご飯がいいのか、楽しい遊びがいいのか、魅力的な異性と一緒にいるのがいいか。

また、人間は時間軸も認識できるので、未来の価値がどうなるかや、短期的利益か長期的利益かという判断もできます。

さらに、よく知られているように人間の場合は、全身からの感覚情報を察知し、主に情動や身体的欲求をつかさどる古い脳「大脳辺縁系」と、思考や全体把握をつかさどる新しい脳「新皮質」のバランスもあります。

ここで長谷川先生は、「思春期はいつまでか」という印象深い問題提起を行ないます。

「新皮質」のなかでも、とりわけ前頭葉にある「前頭連合野(前頭前野)」が、複雑な状況をメタに把握し、それに対して適切な判断を行い、行動の組織化をすることをつかさどっています。

実は、この「前頭連合野」の成熟が最も遅く、25歳くらいでようやく成熟するのだというのです。つまり思春期は、生物学的には「25歳くらいまで」ではないか。そう長谷川先生はおっしゃいます。

さて、このような脳の働きを考えた場合、人間はいかに「快」と「不快」を感じているのか。

大脳の中枢にある「大脳辺縁系」から「前頭野」に向かって、ドーパミンに関係した神経線維がいろいろと出ていて、「報酬──これをやったら心地よくなっていい」という情報を伝えているのですが、長谷川先生が強調するのは、それが「複雑」であるということです。自制心など自己制御のシステムも「複雑」です。

この「複雑さ」を前提としながら、人間はそれぞれの社会で「文化」を形成してきました。

動物の行動研究の分野では、文化は「遺伝情報以外で、世代を超えて人々の間で伝えられていく情報の総体」と定義できるのだといいます。つまり、「ある集団の構成員の全員に共有されていて、それが遺伝ではないのだけれど、そういう知識情報が世代を超えても伝えられていくもの」です。

ある集団に生まれてきたヒトは、その集団が培ってきた「文化」に適応しなければ生きづらくなります。ところが、文化は固定のものではなく、しょっちゅう変わっていくものでもある……。「罪」は、それぞれの人間社会の「文化」によっても規定されるところがありますが、しかしその面から見ても「複雑」なのです。

《そうすると、罪というものは何なのか。そのように簡単に「ここから先」と決められるものでもないし、脳の働きはそんなふうにはなっていない。しかし、やはりそれを個人が自分の判断でこのようにしているのだと持っていかないと、大集団をうまく運営することはできないのではないか》

そう長谷川先生はおっしゃいます。

たしかに、生物学的な面や脳の働きを見ていくならば、「罪」ということを考える場合にも、その「複雑さ」を引き受けていかねばならないということでしょう。

ある意味では、その「複雑さ」を社会が伝統的な規範のなかで引き受けてきた部分もあります。ならば、伝統的な規範をどう考えるべきか。

多くのことを考えるきっかけになる講義です。ぜひご覧ください。


(アドレス再掲)
◆長谷川眞理子:ヒトはなぜ罪を犯すのか(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5258&referer=push_mm_rcm2


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編集後記
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今回のメルマガ、いかがでしたか。編集部の加藤です。

さて先月ご意見を大募集しました「人間力」についてのアンケート企画。たくさんのご意見をいただきました。この場を借りて、感謝申し上げます。まことにありがとうございました。
詳しい結果等については、来週水曜日(15日)の編集部ラジオで発表いたします。そちらをぜひお聴きいただければと思います。

なお、その前にひとつだけ注目点としてお伝えしておきますが、「利他」についてのご意見が多かったことを挙げておきます。
利他については、コロナ禍いろいろな書籍で取り上げられるなど話題に上がったキーワードでもありますが、「人間力」という視点で考えてみるというのも、また興味深いですね。

このテーマについては、今後も機会を見つけて、取り上げてみたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。