編集長が語る!講義の見どころ
イラン攻撃と「墨子」から国防と平和を考える/田口佳史先生【テンミニッツ・アカデミー】
2026/03/20
いつもありがとうございます。テンミニッツ・アカデミー編集長の川上達史です。
イスラエルとアメリカによるイラン攻撃が続いています。中国製・ロシア製といわれる防空システムをたちどころに無力化し、イランの指導者の所在地をつきとめて次々に殺害していく状況には、やはり衝撃を覚えざるをえません。
よく知られるように、イスラエルは長年にわたり「徹底的な報復」を戦略としてきました。自国や自国民が攻撃やテロにさらされた場合は、倍返し、十倍返しといわれるほど強烈かつ徹底的に相手に報復する。周りが敵だらけの中東の地で自らの安全を確保するための策ではあるのでしょう。
たとえば核抑止戦略の場合は、「攻撃(特に核攻撃)された場合には、『核』によって報復反撃する」ということが、自国の安全の担保になっています。イスラエルの徹底報復戦略は、そのような「圧倒的報復力」を高いインテリジェンス能力と兵器技術によって実現しているともいえます。
ただし、そのような報復のあり方には、心にどこか引っかかるものがあることも事実です。たしかにイランはテロ支援国家ではあり、そのような国が核兵器を持ったらどうなるかという点は十分に考慮しなければならないことは間違いありませんが……。
では、どのように平和を実現するのか。
本日は、一つの思考実験的に、古代中国の思想家・墨子について田口佳史先生(東洋思想研究家)にご解説いただいた講義を紹介します。
墨子といえば、「非攻(=平和主義)」「兼愛(=博愛)」などの思想が有名ですが、実はその思想を裏から支えるものとして、類いまれな防衛技術を身につけた集団だったといいます。
墨子の集団は、その高い防衛技術をさまざまな国に与えていく。すると、その国に攻め込んでも、必ずや攻撃側が大きな損失を受けてしまうので、敵は攻めるに攻められない。そのような状況にすることで、防衛と平和を確立しようとするのです。
イスラエルの報復戦略も、墨子の防衛戦略も、いずれも高いインテリジェンス能力と技術力が必須という点では共通しますが、いわば「矛と盾」のような方向性の違いがあります。
では、墨子の思想を学んで得られる気づきとは何でしょうか?
◆田口佳史先生:墨子に学ぶ「防衛」の神髄(全2話)
(1)非攻と兼愛
『墨子』に記された「優れた国家防衛のためのヒント」
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4471&referer=push_mm_rcm1
「墨子」といわれて「名前は聞いたことがあるけれど……」という方も多いかもしれません。古代中国の諸子百家の時代に一世を風靡(ふうび)した思想家(集団)です。
一時期は「儒家(儒教)」と並び立つような二大勢力であったといわれますが、秦の始皇帝の時代には影も形もなくなってしまいます。ようやく思想の発掘と再評価が行なわれたのは、大きく時代をくだって「清」の時代のこと……。
戦乱の「春秋戦国時代」に墨子は「非攻」を説き、「侵略戦争はいけない」と説いたわけですが、その「主張」と「実践」はどのようなものだったのでしょうか。
実は『墨子』は、わかりやすい論法を繰り返し述べつつ、それに対する「反論」と、「その反論に対する反論」を載せた「想定問答集」のような本だといいます。
『墨子』では、「非攻」のためには「兼愛(=博愛)」が重要だと説かれています。さらに「兼愛」を実現するために、「尚賢(=高い賢者)」や「非命(=宿命や運命の否定)」、「節用(=節約)」の大切さを説く。そして全体として、すべて完璧に人を説得できる非攻論になっているといいます。
その詳細は本編をご覧いただくとして、さらに興味深いのが、前述した「墨家(墨子の思想を奉じる思想集団)」の実践です。
実は墨家は、科学技術を駆使した防衛論の大家だったのです。攻撃する側があきらめて帰らざるをえなくなるほどの、高度の防衛技術を持っていました。さらに、その防衛技術を使いこなして戦える「軍隊」も持っていました。
小さい国が大国から攻められそうなときは、墨家は技術集団と軍隊を派遣して、その小さな国を支援したといいます。そこで侵略国が攻めあぐねれば、逆にその侵略国の防御が手薄になり、別の国から攻撃されかねません。そうすれば、自ずと侵略しづらい状況が生まれます。
墨家は、「非攻」は唱えるばかりでなく、それを実現するために「防衛」に力を入れ、さらにそのために卓越した手腕を発揮したのです。
田口佳史先生は次のようにおっしゃいます。
《論法もあれば、そういう実践もある。ソフトも完璧、ハードも完璧になっているわけです。私はそれを知って、これほどすごいことはないと思いました。これをどのように表したらいいかといろいろ考えてみましたが、結局一つの言葉しかありません。それは、「知的したたかさ」です。
さらにいえば、どんなに反論を食らおうとも非攻を説いていくという超人的純粋さがあります。恐ろしく純粋でピュアです。「われわれは戦わない」という意思をはっきり打ち出した上で、徹底的に防備はするというピュアさです。
平和論をいうのなら、そのようなものがなければいけないし、徹底的に防備ができるだけの先端的な軍事力がなければいけない。この二つです。誰にも負けない純粋性と知的したたかさによる防衛というものがあって、初めて国防というものが成り立つ。われわれは、そのことを墨子から習う必要があるということを言いたいのです》
このご指摘は、現代の日本にまことに深く響きます。「墨子」の思想から考えた場合、日本の防衛はあまりにナイーブかつ他人任せに過ぎるのではないか。また、「武器輸出三原則」のような精神や、無条件的な「戦争の放棄」は、思想的に真の意味で正しいといえるのか。
現在の日本としては、そのことをしっかりと考える必要があるでしょう。
さらにいえば一方で、イスラエルの報復戦略と墨子の防衛戦略の「矛盾」性を考えるとき、本当に墨子の防衛戦略が有効なのかも考えておかなくてはなりません。
攻める側と、守る側とでは、もちろん攻める側のほうが初期行動の主導権を握れるので有利な面があります。防衛する側は、いつ襲来するかわからない敵に備えつづけるプレッシャーと難しさもあります。
しかも、相手が「テロ攻撃」や「ハイブリッド戦争」のような非正規戦を混合させてくる場合は、さらに防衛側の難しさが募ることとなり……。
そのようなことも考えつつ、中国古典をひもといて「国家の安全」と「平和」について深く考えることができる講義です。ぜひご覧ください。
(※アドレス再掲)
◆田口佳史先生:墨子に学ぶ「防衛」の神髄(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4471&referer=push_mm_rcm2
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