日本人が当たり前だと思っていることへの問題提起として、稲作が育んだ日本人の心のあり方を前提にできなくなったとき、私たちはどう生きていくべきか。そのヒントとして今回取り上げるのは、1970年代に活躍した山本七平という思想家である。戦後、フィリピンから復員した山本氏は、「当たり前」だと思っていた日本の田んぼの光景を見て、「異様」に感じたという。彼はなぜそう感じたのか。また、「当たり前が当たり前でなくなった時代」に、執着的な気質と統合失調的な気質の人は、それぞれどのように感じることになるのか。デフレ時代とインフレ時代の比較から考えていく。(2025年8月30日開催:早稲田大学Life Redesign College〈LRC〉講座より、全7話中第6話)
※司会者:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●「これは本当の自然ではない」…山本七平が復員後、感じた日本の田んぼ
與那覇 では、そういう時代を私たちはどう生きていくべきなのか。稲作が育んだ日本人の心みたいなものをナイーブに前提にできない時代が来たとき、どうするべきか。そう考えると、ある意味で中井久夫さんの本のメッセージも同じであったと思います。
そしてもう1人、やはり1970年代に活躍した山本七平という思想家を思い出します。おそらく私よりも詳しくて、(山本氏の本を)いっぱい読んだ方も今日この教室にはいらっしゃると思います。
山本さんは『日本人の人生観』という短い講演で、非常に印象的なことを言っています。七平ファンの方はよく覚えていると思いますが、山本さんは1921年生まれで、戦時中に徴兵されてフィリピンで戦うことになります。非常に悲惨な戦争の中で、戦争が終わっても収容所に入られ、非常に過酷な体験をします。
戦時中にフィリピンにいて、「何でこんなバカな戦争を日本人はやってしまったんだ」と戦後、考え続けた思想家といえると思います。フィリピンでは戦争も当然、体験しますが、戦争以外にフィリピンで見たことに関して、非常に印象的なことを『日本人の人生観』で語っているのです。
フィリピンもご存じのように東南アジアで、稲がある土地です。その意味では、日本もフィリピンも稲作文明といえるかもしれない。どちらも稲が穫れる。ところが、山本さんがフィリピンに行ってびっくりしたのは、とにかくフィリピンは高温多湿、多雨です。日本の場合は、頑張って山の上まで水を引いて、田んぼを張らないと稲は作れませんが、フィリピンは気候自体が稲に向いているので、適当にパッパッと蒔くだけでも稲が育つのです。
さらに、あまりにも年がら年中暖かくて雨が降っているので、年に3回ぐらい稲を作れるサイクルがあったそうです。日本は春に田植えして秋に収穫する以外、稲を作れません。けれど、フィリピンはあまりにもいつも暖かくて、いつも雨が降っているので、年に3回ぐらい「この時期に植えればいいよね」という時期に植えておけば、そのうち育つ。そのため当時、つまり戦時中のフィリピンでは、「この農家は今、稲を植えているけれど、隣の農家は収穫をしている」といったことが平気であったらしいのです。それが普通だった。
そういう土地での戦争を体験して、命からがら山本さんは...