かつて狩猟採集社会では「先読み」の才能を重宝された統合失調症的気質(S親和者)は、定住農耕社会ではマイノリティにされてしまう。一方、その定住農耕社会で「立て直し」というメンテナンスを美徳とされた「二宮尊徳的」な道徳、価値観は今、機能不全を起こしているという。そして、SNS社会による情報の断片化が進む中、LINEなどの「既読」の問題を例に挙げてメンタルへの影響を指摘する與那覇氏。ではそうした「正解のない不安」と私たちはどう向き合えばいいのだろうか。(2025年8月30日開催:早稲田大学Life Redesign College〈LRC〉講座より、全7話中第5話)
※司会者:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●SNS社会はどうしても「統合失調症的な方向」に寄っていく
與那覇 中井久夫さんが言っているのは、言い方を変えると「定住農耕社会をわれわれは社会の前提にしているけれど、いつまでも世の中がそうとは限らない」ということです。常に同じことをやれば、基本食べていける。食べていけなくなったら、メンテナンスして元に戻せばいい。立て直せばいい。これは定住農耕社会に限られた、かつ日本のような(社会です)。
日本人がどこでも四角の水田をつくるのは、明らかに自然に起きることではない。人工的に、ものすごいメンテナンスをし続けることをやっているわけであり、これはある意味で、非常に特殊な文明ではないか。そう中井さんも示唆をしているのです。
とにかく同じことを繰り返し続けなければならない。繰り返せなくなったら、それはメンテナンスの不足であり、努力不足である。甘えずに頑張らねばならない。このような農耕社会が強く成立した。
人類全体がそうでしたが、特に日本の稲作社会は、よりそれが強烈に成立したことで分裂病的な人、未来を先取りしようとする気持ちを持つ人が少数者、マイノリティにされてしまったのではないか。
ここから後も非常に面白いのです。このときからS親和者――Sとは分裂病や統合失調症をいう「Schizophrenia(スキゾフレニア)」の頭文字です――つまり統合失調症的な、昔からやってきたことを繰り返すよりも「先読みをしよう」という気質を持つ人は、狩猟採集時代には「おまえ、才能あるなあ」となる。
「何で今の『ザワッ』で『ちょっとヤバい。熊が来ている』って分かるんだよ」とすごくほめられたのに、農耕社会になると、うまく行かない人にされてしまう。マイノリティになってしまう。
結果として、そういう人は農耕社会になった後、どう生きていったかというと、上へ向かうより他は生きていきにくい。例えば王様とか雨乞いをする人になると、「やっぱおまえ、才能あるな」と言ってもらえます。
未来を先読みして、稲作をみんなで作っているときに、「僕の考えでは夏に台風が来る気がするから、今補修をしても無駄だと思う」などと述べても、「ごちゃごちゃ言ってないで、ちゃんとやれよ」などと言われて終わりです。それが王様や雨乞いする人になると、「おおっ」となって、「未来が見えるぞー」と言うと、「ははーっ、さすがでございます」とな...