●欧米ベスト1の哲学書
これから、「プラトン『ポリテイア』を読む」の講座を始めます。第1回は「史上最大の問題作」というタイトルでお話しいたします。
プラトンの対話篇『ポリテイア』は、日本では通常『国家』というタイトルで通用しています。この本についてお話しするに当たり、最初にこの本がどれぐらい重要で、どれぐらい注目されているかということについて、枕のような形でお話しします。
2001年にイギリスの新聞「ガーディアン」では、哲学の専門家を中心に大々的な調査を行い、これまで書かれた哲学書の中で何が一番重要かという、いわば人気投票を行いました。その結果、1位がこのプラトンの『ポリテイア』(The Republic)という本でした。少し前のデータですが、イギリスを中心とするヨーロッパの学者の方々がこれまでに書かれた哲学書の中で最も重要な著作と認定したということです。
ちなみに2位はカントの『純粋理性批判』(The Critique of Pure Reason)、3位にチャールズ・ダーウィンの『種の起源』(The Origin of Species)。その他、デカルト、ヒューム、ニーチェ、アリストテレスといった人たちが入っています。その中で堂々と1位を取ったプラトンの『ポリテイア』という本は、なぜそんなに重要だと思われているのか。この講座を通じて、それを考えていきたいと思います。
また最近、全米トップ10の大学で、学生対象のようですが「一番読んでいる本は何か」という調査が行われました。統計上のトップはやはりプラトンの『ポリテイア』ということでした。ハーバードやMIT、スタンフォードなど、アメリカでトップの大学の学生たちの間で、おそらく文理を問わず一番読まれている、読まなくてはいけないと思われているのが、この本だということになっています。2番がホッブズの『リヴァイアサン』、3番がマキアヴェリ、4番がハンチントンという感じで、こちらは哲学に限らずさまざまな分野の本が入っているリストになっています。
●プラトン哲学の最高峰
著者のプラトンは、皆さんご存じの古代ギリシアの哲学者で、紀元前5世紀から4世紀にかけて活躍した、アテナイの出身者です。彼が生涯に残した作品は30数作あり、全部残っていますが、真偽論争があるため正確な数までは申し上げられません。ほぼ30の作品の中で、この『ポリテイア』というタイトルの本は、おそらく多くの方々が思うに最高傑作であろう、そして最も大きな影響を与えてきた本だろうということになっています。
規模という点では、ギリシア語の本では(映像内で示していますが)このぐらいの厚さです。日本語の本は、後で翻訳を紹介しますが、岩波文庫2冊本で1000ページぐらいの規模であり、かなり重厚な本です。プラトンの著作の中では、晩年に『法律』という本がもう少し長い作品として書かれていますが、これは2番目のサイズになっています。
ということで、規模という点では2番目ですが、内容、そして注目度という点で断トツであるのは、この作品がプラトンのおそらく最も脂の乗り切った「中期」と呼ばれる時期に書かれた、非常に密度の高い作品であるということ、とりわけその中で「イデア論」というプラトンの中心思想が最もまとまった形で書かれていることが(理由として)挙げられます。
本のタイトルについてはすぐ後でご説明いたしますが、何を扱った本かを一言でいうと、全てのことを扱った本といっていいと思います。総合的な哲学として、われわれが考え得るさまざまなテーマが全て盛り込まれているといってもいいぐらいで、一つのテーマに絞った本ではありません。
「イデア論」ということでだいたい連想がつくように、形而上学や存在論という哲学の一番難しい部分は当然入っていますが、認識論や論理学も主要な部分を成しています。倫理学、倫理思想としては一番の古典の一つです。それから、政治学や政治理論、社会学、人間学、あるいは教育学、さらに心理学と今日呼んでいるようなものの最初の本格的な論考でもあります。学問論、文芸論、そして美学と、あらゆるトピックが盛り込まれた本です。
あえていえば、自然学や宇宙論がやや欠けている感じがします。少しは入っていますが、この『ポリテイア』の続編という形式で書かれた『ティマイオス』という後期の作品の中でそれらを扱うので、そのことも考え合わせると、ほぼ全てを扱っているということになるかと思います。
●20世紀の毀誉褒貶と「プラトンの呪縛」論争
実はこの本は非常に毀誉褒貶の激しい本で、冒頭に「史上最大の問題作」と言いました。ガーディアン紙で、この本がこれまでの哲学書の中で1位になったと...