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プラトンのイデア論は、ソクラテスの問いかけへの答え

プラトン『ソクラテスの弁明』を読む(5)魂の配慮

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
情報・テキスト
ソクラテスは、メレトスとの対話を通じて、裁判でも自らの哲学を遂行する。そして、お金でもなく、名誉でもなく、肉体でもなく、魂に配慮せよ、という。「魂を配慮する」とは何かについて、ソクラテス自身は答えを示さなかったが、弟子のプラトンは数十年の探求の末、イデア論にたどりつく。(全6話中第5話)
時間:10:22
収録日:2019/01/23
追加日:2019/05/19
タグ:
≪全文≫

●メレトスの矛盾を対話で示すソクラテス


 『ソクラテスの弁明』の続きを見ていきたいのですが、ソクラテスは、まず弁明の最初のところで古くからの告発者に対しての分析をしてしまいました。その後の文はどう理解するのか。簡単ではないのですが、面白いところでは、その次には新しい告発者とやり取りがあります。つまり、メレトスという若い詩人で、実は彼はよく(事情が)分かっておらず、黒幕はアニュトスなのですが、その人を証人として前に出してきて、一問一答式で吟味します。これは裁判としてはかなり珍しい場面だと思うのですが、ソクラテスが通常やっているような議論を、まず展開するという部分が真ん中に来ます。

 そこで、メレトスが訴えている罪状を、どういうことかと吟味するわけですが、キーワードとなるのは「配慮」という単語です。ソクラテスは二つ大きな罪でメレトスに告発されているわけですが、一つは教育です。つまり、教育して若者を堕落させているということです。若者を堕落させているという以上は、若者の正しい教育とは何かをメレトスは知っているはずだ、ないしは、少なくとも普段よく考えているはずだ、ということです。

 ところが、メレトスは非常に矛盾したことを言います。メレトスの考えが正しい、間違っているということ以上に、-まあ、実際に間違っているのですが-、メレトスは普段からきちんとそういうことを考えていないじゃないですか、配慮していないようですよね、とソクラテスは裁判員に向かって示していきます。

 同様に、もう一つの大きな罪は、ソクラテスは神を敬わないという点です。これも実は不思議なところで、ソクラテスは新奇なダイモーン(神霊)を導入すると言っているので、何か新興宗教のような、新しい神様のようなことを言っていると罪状には書いてあるのですが、メレトスはよりインパクトのあることを言います。つまり、ソクラテスは一切神様を信じていない、無神論者であると言い出すのです。

 これ自体が矛盾しているということは、すぐに議論で明らかになってしまうわけですが、矛盾していることが重要なのではなく、ソクラテスが考えるのは、メレトスがこんなに重要な問題提起をして、人の命を危険にさらすような裁判を起こしておきながら、実は神様のことについて普段から何も考えていないじゃないですかということを、人々の前に示すというのがメレトスとのやりとりなのです。

 でもそれを聞いていた裁判員は、私たちもそこにいたとしたらですが、どう思ったでしょうか。ソクラテスという非常に口のうまい老人が、善意にあふれたように見える若者を、口で丸め込んでいる。こんな口の達者な者に騙されて、若者がダメになってしまうという、むしろネガティブな印象を受けた恐れも高いのではないかと感じます。


●死刑になろうとも哲学をする道を選ぶ


 その後でソクラテスは、さらに自分で自分の無実を証明するというパーツが続くのですが、どちらかというと「私は無実です」と言うよりは、裁判員に向かって、自己主張を続けて、ある意味では挑発的な態度を取るということになります。

 どういうことか。例えばソクラテスは自問自答します。皆さんはもしかして、例えばですが、私が哲学をやめるのであれば死刑は免除してもいいよとおっしゃるかもしれない。つまり、私が長年哲学をして皆さんと議論してきたことによって、人々に憎まれてきたわけで、したがって、哲学を禁止すれば、命だけは救ってやろう、ということを皆さんはもしかしたらおっしゃるかもしれません。

 それに対してソクラテスは、もしそういうことを言ったとしても、「ノーです」と言ってしまうわけです。これは非常に有名な部分なので、やはり読み上げさせていただきます。29d-eというところです。

「アテナイの皆さん、私はあなた方をこよなく愛し親しみを感じています。ですが、私はあなた方よりもむしろ神に従います。息のつづく限り、可能な限り、私は知を愛し求めることをやめませんし、あなた方のだれかに出会うたびに、勧告し指摘することをけっしてやめはしないでしょう。いつものように、こう言うのです。
『世にも優れた人よ。あなたは、知恵においても力においてももっとも偉大でもっとも評判の高いこのポリス・アテナイの人でありながら、恥ずかしくないのですか。金銭ができるだけ多くなるようにと配慮し、評判や名誉に配慮しながら、思慮や真理や、魂というものができるだけ善くなるようにと配慮せず、考慮もしないとは』と。」

 これは、ソクラテスが自問自答して、舞台の上で一人でやっていることなので、ややシチュエーションが分かりにくいところですが、ソクラテスは自分が哲学をやめるという、例えば取引条件で死刑を免れるということを仮に言われたとしても絶対にやめない、なぜ...
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