●メレトスの矛盾を対話で示すソクラテス
『ソクラテスの弁明』の続きを見ていきたいのですが、ソクラテスは、まず弁明の最初のところで古くからの告発者に対しての分析をしてしまいました。その後の文はどう理解するのか。簡単ではないのですが、面白いところでは、その次には新しい告発者とやり取りがあります。つまり、メレトスという若い詩人で、実は彼はよく(事情が)分かっておらず、黒幕はアニュトスなのですが、その人を証人として前に出してきて、一問一答式で吟味します。これは裁判としてはかなり珍しい場面だと思うのですが、ソクラテスが通常やっているような議論を、まず展開するという部分が真ん中に来ます。
そこで、メレトスが訴えている罪状を、どういうことかと吟味するわけですが、キーワードとなるのは「配慮」という単語です。ソクラテスは二つ大きな罪でメレトスに告発されているわけですが、一つは教育です。つまり、教育して若者を堕落させているということです。若者を堕落させているという以上は、若者の正しい教育とは何かをメレトスは知っているはずだ、ないしは、少なくとも普段よく考えているはずだ、ということです。
ところが、メレトスは非常に矛盾したことを言います。メレトスの考えが正しい、間違っているということ以上に、-まあ、実際に間違っているのですが-、メレトスは普段からきちんとそういうことを考えていないじゃないですか、配慮していないようですよね、とソクラテスは裁判員に向かって示していきます。
同様に、もう一つの大きな罪は、ソクラテスは神を敬わないという点です。これも実は不思議なところで、ソクラテスは新奇なダイモーン(神霊)を導入すると言っているので、何か新興宗教のような、新しい神様のようなことを言っていると罪状には書いてあるのですが、メレトスはよりインパクトのあることを言います。つまり、ソクラテスは一切神様を信じていない、無神論者であると言い出すのです。
これ自体が矛盾しているということは、すぐに議論で明らかになってしまうわけですが、矛盾していることが重要なのではなく、ソクラテスが考えるのは、メレトスがこんなに重要な問題提起をして、人の命を危険にさらすような裁判を起こしておきながら、実は神様のことについて普段から何も考えていないじゃないですかということを、人々の前に示すというのがメ...