●『ソクラテスの弁明』は謎の多い作品である
これから、プラトン『ソクラテスの弁明』を読む、をお話しいたします。これは6回に分けてプラトンの主著の一つである、『ソクラテスの弁明』という作品の背景と内容、ポイントを簡単にお話ししていくことになります。
プラトンの書いた作品の中で、この『ソクラテスの弁明』はおそらく最も有名で、皆さんも手に取ったことがあるかと思いますが、非常に謎の多い作品です。どのように理解していくのか、特に、これが哲学の古典として、なぜ最も大事な作品だといわれているのかということについて、私なりの考え、解釈というものをご紹介して、皆さんにも一緒に考えていただきたいと思います。
●70才のソクラテス、不敬神の罪で裁判にかけられる
まず、この作品ですが、紀元前399年という年にギリシャのアテナイというポリス(国)で実際に起こった裁判がもとになって書かれたものです。つまり、ソクラテスというアテナイの市民がその時、裁判にかけられて、死刑の判決を受け、実際には1カ月後に亡くなるという、実際に起こった歴史的な事件をもとにして、プラトンが書いた作品です。
まず、その裁判が何かということを少し理解していただかなくてはいけません。この紀元前399年という年の春に、ほぼ70歳になっていたソクラテスが突然、不敬神という罪で訴えられます。彼は裁判所に出て弁明をするということになります。
その裁判の訴状というのが後世まで残っていて、非常に短いものですが、このような文言だったといわれています。
「ソクラテスは、ポリスの信ずる神々を信ぜず、別の新奇な神霊(ダイモーン)のようなものを導入することのゆえに、不正を犯している。また、若者を堕落させることのゆえに、不正を犯している」
これだけのものです。この訴状を出した主な人物は、メレトス、アニュトス、リュコンという3人のアテナイの人たちです。ソクラテスという人物がこのような罪を犯す人間であるということで、不敬神という罪に問うたということになります。
今、訴状にあったポリス、つまりアテナイという国ですが、当時は民主政という現代に通じる制度ですので、そのポリスの市民の中から500人、ないし501人の裁判員が選ばれて、彼らが双方の演説を聞いた上で、票決をして、決定します。1回目の票決で有罪、2回目で死刑になったということに...
(プラトン著、納富信留訳、光文社古典新訳文庫)