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『ソクラテスの弁明』は謎の多い作品

プラトン『ソクラテスの弁明』を読む(1)真実の創作

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
情報・テキスト
『ソクラテスの弁明』
(プラトン著、納富信留訳、光文社古典新訳文庫)
哲学の古典として最も重要な作品ともいわれる、プラトンの『ソクラテスの弁明』。この傑作に何が書かれているのか、6回にかけて解釈していくことで、哲学者とは何かを考える。まず今回は、『弁明』の執筆背景となったソクラテスの裁判について考えたい。(全6話中第1話)
時間:10:31
収録日:2019/01/23
追加日:2019/04/28
タグ:
≪全文≫

●『ソクラテスの弁明』は謎の多い作品である


 これから、プラトン『ソクラテスの弁明』を読む、をお話しいたします。これは6回に分けてプラトンの主著の一つである、『ソクラテスの弁明』という作品の背景と内容、ポイントを簡単にお話ししていくことになります。

 プラトンの書いた作品の中で、この『ソクラテスの弁明』はおそらく最も有名で、皆さんも手に取ったことがあるかと思いますが、非常に謎の多い作品です。どのように理解していくのか、特に、これが哲学の古典として、なぜ最も大事な作品だといわれているのかということについて、私なりの考え、解釈というものをご紹介して、皆さんにも一緒に考えていただきたいと思います。


●70才のソクラテス、不敬神の罪で裁判にかけられる


 まず、この作品ですが、紀元前399年という年にギリシャのアテナイというポリス(国)で実際に起こった裁判がもとになって書かれたものです。つまり、ソクラテスというアテナイの市民がその時、裁判にかけられて、死刑の判決を受け、実際には1カ月後に亡くなるという、実際に起こった歴史的な事件をもとにして、プラトンが書いた作品です。

 まず、その裁判が何かということを少し理解していただかなくてはいけません。この紀元前399年という年の春に、ほぼ70歳になっていたソクラテスが突然、不敬神という罪で訴えられます。彼は裁判所に出て弁明をするということになります。

 その裁判の訴状というのが後世まで残っていて、非常に短いものですが、このような文言だったといわれています。

 「ソクラテスは、ポリスの信ずる神々を信ぜず、別の新奇な神霊(ダイモーン)のようなものを導入することのゆえに、不正を犯している。また、若者を堕落させることのゆえに、不正を犯している」

 これだけのものです。この訴状を出した主な人物は、メレトス、アニュトス、リュコンという3人のアテナイの人たちです。ソクラテスという人物がこのような罪を犯す人間であるということで、不敬神という罪に問うたということになります。

 今、訴状にあったポリス、つまりアテナイという国ですが、当時は民主政という現代に通じる制度ですので、そのポリスの市民の中から500人、ないし501人の裁判員が選ばれて、彼らが双方の演説を聞いた上で、票決をして、決定します。1回目の票決で有罪、2回目で死刑になったということになっています。

 紀元前399年はちょうどギリシャではペロポネソス戦争という、30年にわたる大戦争が終わり、アテナイが敗戦した4年後のことです。アテナイはスパルタに負けて、国家の立て直し、混乱を経た上で、再度民主政という制度に戻っていましたので、まだ不安定な時期でした。


●不敬神の罪は、国家に対する反逆罪のようなもの


 その時、どうしてソクラテスがこのような罪状で訴えられたのかということについては、若干の政治的背景も推測されています。ですが、主な罪状は神を敬わない、不敬神というものです。その罪状については、皆さん、キリスト教の異端審問のようなものを想像されるかもしれませんが、全くそういうものではなく、国家に対する反逆罪のようなものだと思ってください。

 ポリスという3万~4万人の小さな国家が、例えば戦争とか何かを行う場合、自分のポリスを守ってくれる神にご加護を願うわけです。つまり、共同体の礎は神にあるのです。アテナとか、ポセイドンとか、アポロンとか、そういう神ですね。そのような神を信じない、あるいはその神に対して不敬な行為を取っているメンバーがもしいると、そのポリス自体の存亡に関わると理解していただくと、この不敬神という罪は単なる信仰の問題ではなく、いわば反社会的行為として最も重いものは極刑であるということが理解していただけると思います。

 ソクラテスの告訴状にあったように、若者たちを堕落させるというのは、実は共同体をかき乱す、共同体をぶち壊すような行動を取っているということの一つの現れです。

 そのような罪に問われて、ソクラテスは裁判にかけられたわけですが、その裁判が行われた後、実際には数年後になると思いますが、ソクラテスの裁判が果たして正しいものだったのか、あの死刑判決は正当だったのかということをめぐって、再度アテナイで論争が起こります。これは以前の講座で少しご紹介したことですが、それをめぐってソクラテスの弟子や敵たちがソクラテス文学という数々の作品を出版して、論争したという状況があります。


●ソクラテス文学の一つとしての『ソクラテスの弁明』


 プラトンの書いた『ソクラテスの弁明』という本は、実はそういった論争の中の一つの作品にすぎません。プラトンと同世代で、ソクラテスの弟子であったクセノフォンという人も、実は『ソクラテスの弁明』という全く同じタイトル...
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