戦後の歴史観において「陸軍悪玉論」が主流となる中、樋口季一郎という名将の功績は長く埋もれてきた。もちろん当時の陸軍には、強烈なエリート意識を抱きつつ凄絶な派閥抗争の末に開戦へと突き進んだ側面がある。しかし、その組織内には人道的な決断を下し、多くの命を救った「信念の人」も存在したのである。関係者の証言が失われつつある今、教科書には載らない歴史の真実と知られざる名将の生き様に迫るノンフィクションの醍醐味を語る。(全5話中第5話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●陸軍悪玉論をどう考えるか…「武力を持った官僚たち」のエリート意識
早坂 樋口(季一郎)との関連でいうと、戦後、「日本だけが悪かった」、そして「中でも日本の陸軍が悪かった」といった陸軍悪玉史観のようなものがありますけれど、樋口の存在がずっと埋もれてきたのもまさにこの文脈で来たことです。では杉原(千畝)は非常に有名で、樋口のことはまだ知られていない、この差がついたのは(なぜかというと)、杉原が外交官だったということと、一方の樋口は陸軍軍人であったということで、これだけの差がついたということですから、戦後の戦争観、陸軍観が反映して、こういう結果になったのだと思います。
―― そうですね。陸軍が戦争に引っ張っていったんだという、一種の史観。
早坂 しかも、オトポール事件のことを語るには樋口だけではなくて、先ほども言ったように、東條英機や松岡洋右も出てきますから。そうすると、その名前を聞いただけでアレルギー反応を起こす人たちが多かったわけですよね。
門田 私たちは別に陸軍の贔屓(ひいき)をしているわけじゃない。陸軍は大いなる問題があったわけです。それは何かと、今の人たちがどのように考えたらいいかというと、霞ヶ関の官僚がいるじゃないですか。それで、ここ数年は内閣人事局ができたお陰で、この各省庁の力が奪われてきて、戦後ずっと続いてきた官僚統制国家である日本のありさまがちょっと変わりつつありますけれど、官僚はものすごい力を持っていたわけです。そうすると、彼ら(陸軍上層部)は何かといったら、武力を持った官僚なのです。
そうすると、武力を持った官僚は怖いじゃないですか。あの霞ヶ関のものすごい権力を見た場合に、さらに武力まで持っていますよということで。要するに、日本を自分が牛耳っている、世界を自分が牛耳るのだという意識、あのエリート意識があったのは、これはものすごい事実です。その中で、もう派閥争いを繰り返すわけです。人事をめぐってもう…。
―― 大抗争ですね。
門田 もう大抗争で、皇道派と統制派の闘いですよね。その派閥人事をめぐって、武力を持った官僚たちの闘いがあった。その末に、どんどん、どんどん戦争に突っ込んでいったということがあるので、これは一つ置いておかないといけないのです。
●ノンフィクションの取材は今がラストチャンス
門田 樋口、それからこれから(今...