ラフカディオ・ハーンが明治の日本に見出したのは、過去の遺物ではなく「未来の理想像」であった。ハーンは、「旧日本は、この国に比すればはるかに進歩しているわれわれ西欧社会が幾百年もの間希望してきた以上の最高度の道徳的理想達成に、ずっと近づいていたのであった」とも書いている。ハーンが理想とする未来は、本能的な無私無欲であったり、他の人の幸福実現に人生の喜びを見出すのが人間共通の願望であったり、道徳的な美しさに対して共通な感覚をもつようになったりするあり方であった。そして古き佳き日本は、そのような理想に、真っ先に近づいていたと考えていたのである。このラフカディオ・ハーンのメッセージが、われわれに何を問いかけてくるのだろうか。(全8話中第8話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●日本の神道が実現した倫理性は、むしろ未来の人類の理想である
―― で、さらに、日本の倫理性が持つ未来性ですね。これについて語ったシーンというのを読み上げてまいりたいと思います。日本の倫理、宗教は、過去のものでも、克服すべきものでもなく、将来の理想像なのだということを述べたところでございます。
《われわれとは思想的にはラムシーズ時代のエジプトほどにも離れているこの文化のもつ倫理的な光燿に引かれると告白せざるを得ないような気になるのは、何の故であろうか? われわれは真実、個人の認識を拒否する社会訓練の結果に魅力を感じているのだろうか?――人格の抑圧を強要する宗教に魅惑されているのだろうか?
そうではないのだ。じつはその魅力は、この過去の幻影が過去と現在とを超えたものを表わしているという事実から起こってくるのである。――これは、完全な同感同調の世界である高度のすぐれた未来の出現可能性を予示していることから起こってくるのである》(『神国日本』392頁)
《今後何千年かさきに、旧日本の理想によって予表されたような道徳的状態が、決して幻想の影ではなく成就しうるように、人間の道が進歩してゆくかもしれないのである。つまり本能的な無私無欲、他の人の幸福実現に人生の喜びを見出すのが人間共通の願望であるとか、道徳的な美しさに対して共通な感覚をもつようになるとかのことである。そして人間がそれぞれ自分自身の心情の教えるところ以外には何の法典をも必要としないところまで人間の現実が進歩を遂げた時、その時にはじめて「神道」の昔からの理想が最高の実現を見ることになるのであろう。(中略)
旧日本は、この国に比すればはるかに進歩しているわれわれ西欧社会が幾百年もの間希望してきた以上の最高度の道徳的理想達成に、ずっと近づいていたのであった》(『神国日本』392~393頁)
というところでございます。
頼住 そうですね。この日本の神道の信仰が実現した倫理性とか道徳性というものが、実は古い過去のものではなく、また克服すべきものでもなく、むしろ未来の人類の理想なのだというような、そういう言い方まで、ここでハーンはしているということになるかと思います。
自由とか個人、個性といったものも大切ではあ...