10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
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「強さ」と「優しさ」―儒教が理想とするリーダー像

儒家思想におけるリーダーシップ(2)放勳欽明・文思安安

田口佳史
老荘思想研究者
情報・テキスト
『書経』によれば、東洋的リーダーシップとは「強さ」と「優しさ」である。部下に慕われ、夢と希望を与える存在になることが、リーダーの目指すべき到達点である。老荘思想研究者・田口佳史氏が、儒家思想の掲げる理想的なリーダー像を解説する。(第2話目)
時間:12:46
収録日:2015/02/27
追加日:2015/08/24
『書経』によれば、東洋的リーダーシップとは「強さ」と「優しさ」である。部下に慕われ、夢と希望を与える存在になることが、リーダーの目指すべき到達点である。老荘思想研究者・田口佳史氏が、儒家思想の掲げる理想的なリーダー像を解説する。(第2話目)
時間:12:46
収録日:2015/02/27
追加日:2015/08/24
≪全文≫

●東洋的リーダーシップは存在の説得力


 まず「放勳欽明」とは、「放つ勳(いさお)は欽明にして」ということです。放つ勲には、武士の「武」、武力の「武」が隠されています。隠されている字を表す文章は、中国古典にたくさん出てきますが、ここでは、次に説明する文思の「文」と相まって、文武両道の根本のことをいっています。つまり、陰陽を形づくっているわけです。

 「放勳」、要するに、武勲とは放たれるもの、ということです。放たれるとは、自分で自慢げに「こうやった、ああやった」と話すものではなく、また、誰かが文書にして明らかにするものでもないということです。その人の体から有無を言わせず放たれていくことが、その人のこれまでの業績なのだ、ということです。放たれるべくして放たれるべきものだということです。

 ですから、東洋的リーダーシップが西洋的リーダーシップと大きく違う点を一つ言えば、要するに存在こそが説得力を持つということです。存在そのものが説得力なのだということが東洋的リーダーシップ論の基本だというのは、そういう意味なのです。その人は何も言わないけれど、その人の体からにじみ出てくる、あるいは放たれる百戦錬磨の経験や、前回申し上げた精神基盤がとてつもなくしっかりしている、つまり人間としての総合力に満ちあふれている人物が、東洋流の理想像でした。それが、「放勳欽明」ということになると思います。


●リーダーの前提は業績を挙げること


 現代のビジネスに置き換えて説明するならば、リーダーならば業績くらいは挙げてほしいと言っているのです。業績くらいは挙げてもらわないと困るのはなぜかというと、業績を挙げた経験のないリーダーの言うことは、下の人はなかなか聞きづらく、説得力に欠けると思うのですね。自分の仕事をきちんとやってきた人、果たしてきた人がリーダーの前提になると思いますので、そういう意味で、業績くらい挙げてほしいということです。

 もう一つ、業績を挙げることは、同時に創意工夫の総決算でもあるのです。要するに、どうすればうまくいくのかは、創意工夫をする以外にありません。年がら年中、創意工夫をして、「こうやったらどうだ」「ああやったらどうだ」と言って、いろいろなことを考えて実行し、また考えて実行するという、その繰り返しなのです。そうやって、ようやく業績は挙がるものなのです。そういった自己の中でのやりとりがきちんとできている人間でないと、部下に業績を挙げさせることはできません。

 自分で自分の業績を挙げるだけでは規模が非常に小さいのです。言ってみれば、下の人にいかに業績を挙げさせるかが勝負なのです。そういう点で創意工夫を繰り返してきて、要点をしっかり知っている人は、「君はもう少しこういうところを考えてごらん」とか、「こういうときは、もう少しこういうことをやってみたらどうか」など、非常に的確なアドバイスが素早くできます。そうやって、皆を好業績を挙げる人間に育てていくことになります。

 「放勳欽明」という言葉は、もっと通俗的に言えば、腕っ節が強い、剛腕だということなのです。現在のリーダー論は、私から言わせるとそこで終わっていて、そこさえできれば合格と評価しているきらいがありますが、それは大間違いです。これは陰陽で言えば陽だけで、もう一つそろって初めて完璧になるのです。それが、「文思安安」という言葉なのです。


●「文思安安」とは思いやりある安定した人


 「文」とは人格教養という意味です。もっ...
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