●イギリスのEU離脱は北アイルランド問題を再発させる
サイバースペース上の国境とは何か、ということをお話しします。国境は大変古典的な概念ですから、すでに過去の話だと思っている方も多いと思います。実社会上の国境と、これからお話するサイバースペース上の国境の、2つを考えなければなりません。
現実に起きていることとして、第1に、ドナルド・トランプ大統領が、アメリカとメキシコの国境に壁を造るということを、公約に掲げました。ただし、3000キロメートルもあるところに壁を造るというのは、予算的にも実務的にも大変難しく、これが全面的に進展したという話は聞きません。
第2に、イギリスのEU離脱に関して起きた、国境の問題です。北アイルランドとアイルランドの間に、約500キロメートルの国境があります。もしイギリスがEUを離脱すれば、国境管理上の問題が発生します。これまで、北アイルランド問題は棚上げされ、紛争は一応解決された状態になっていました。ところが、イギリスがEUを離脱すれば、ここに国境を造らざるを得ません。そうなれば、IRA(アイルランド共和国軍)問題が再発するかもしれません。今まで封印されてきた紛争が、これをきっかけに再び生じるかもしれないのです。改めて、グローバル化における国境の意義を考えさせる事件です。
●現実の貿易や通貨は、国籍や国境と密接に結びついている
日本の場合、国境といえば、自然的国境です。海で囲まれていたり、山や川などではっきりと区切られています。この他に、定義された国境、つまり人為的国境があります。人為的国境に近いところもありますが、その意味が大きく異なるのが、サイバースペース上の国境です。
かつてグローバル化についてお話したときに見せた、経済学者ダニ・ロドリック氏の図と、不可能の三位一体(impossible trinity)の図を、もう一度御覧ください。
グローバル化という大きな現象の中で、市場が変化し、また民主主義も大変な問題に直面しています。ロドリック氏は、ここに主権問題を読み取りました。つまり、グローバル化をしながら民主主義を保ち、なおかつ主権を全うするのは難しいということです。
この関係を市場(マーケット)に関して考察するのが、不可能の三位一体の図です。ただ今回は、この図を二層のレベルに表したものを見てもらいます。マーケットの場合には、ほとんど国境のことを考えずに済みます。他方、民主主義の場合、国民国家、あるいは主権国家を前提としています。つまり、国境がある世界が前提になっています。
ところが、マーケットの方も、経済学の理論では国境がない前提に立っているのですが、現実の経済現象では、貿易や通貨の問題があり、それらは国籍や国境と密接に結び付いています。例えば、EUには通貨統合がありますが、TPPには通貨統合がなく、一種の関税同盟にすぎません。
●通貨はサイバースペース上の国境を越えていく
このような視点で、サイバースペース上に国境がどのように引かれるのか、ということを考えるとき、一つの問題として、サイバースペース上であっても、通貨のことを考えざるを得ません。
例えばEUの場合、言語や財政はそれぞれの国で違いますが、通貨はユーロとして統一され、国境を越えていきます。もう一つ最近の現象として、アメリカ共和党とトランプ大統領が国境税を徴収しようとしています。これは実務的には面倒なものです。国の消費税がない国の場合には、扱いが難しくなるからです。しかし、トランプ大統領が考えているのは、物が国境を越える際の税金です。現実の経済を考えてみれば、グローバル化によって、金・サービス・情報が国境を越えていきます。果たして、そこに国境税を課すことができるでしょうか。もし可能であれば、アメリカは莫大な関税や国境税を収入として得ることができるでしょうが、おそらく現実には不可能でしょう。
人・金・物の移動とよくいわれますが、特にお金と情報は、簡単に国境を越えて移動していきます。例えば、電子化されたお金は送金可能ですし、そこにどうやって税金を掛けるのかということは、すでに現実の問題となっています。
●インターネット上でも主権や国家を前提にしなければならない
学問の世界では、国境を前提にしている学問と、国境を前提にしていない学問があります。例えば、数学や物理学では、国境は関係ありません。どこの誰がつくった理論なのかは、重要ではないのです。経済学の一般理論でも、国境は関係ありません。
しかし、政治学では、民主主義や国民国家、主権国家を前提として議論しています。芸術の分野でも、音楽や美術には国境はほとんど関係しませんが、同じ芸術でも、文学は言語に依存しています。国によっては、翻訳が必要な場合があるのです。つまり、ある意...