●コンプライアンスは起業の成長戦略と一体である
弁護士の國廣正です。「ものがたり」のあるコンプライアンスというテーマでお話させていただきます。「やらされ感」のコンプライアンスから「元気の出る」コンプライアンスに変えていくためにはどうすべきか、考えていきたいと思います。
皆さんはコンプライアンスという言葉に、どのようなイメージを持っているでしょうか。暗いイメージではないでしょうか。不祥事を起こした企業は、「このたびは大変申し訳ございません、今後はコンプライアンスを…」という決まり文句を言いますが、こうしたシチュエーションでこの言葉が使われることは確かに多いです。元気が出ない暗いイメージです。あるいは、法令遵守という言葉もあるように、企業でやたらと細かいルールをつくって、社員を縛るというイメージもあるのではないでしょうか。膨大なチェックリストやテンプレートを作成し、チェックするというイメージを持っている人も多いと思います。このように、コンプライアンスは企業の活力をそぐ過剰な縛りだと、一般的には考えられています。
しかし、実はそれは本来のコンプライアンスではありません。コンプライアンスは本来、企業が持続的に成長していくためのリスク管理論です。企業がいろいろな経済活動を幅広く行っていると、事件や事故、不祥事は避けられません。不祥事が起きたときに、そこから逃げずに、あるいは隠さずに、ごまかさずに、それをいかに克服するかという、能動的な対応こそが求められるわけですが、その基本となる考え方がコンプライアンスというものなのです。
一番大事なことは、こうしたコンプライアンスは、先ほど申し上げたような細かいルールで縛られるという受け身のものではない、ということです。むしろコンプライアンスは、企業の成長戦略と一体となった概念、すなわち企業で働く一人一人が仕事に対する誇りを持ち、正しく仕事をしていくこと、そして、それにより企業を発展させていくこと、そして当然その企業で働く一人一人の人生が豊かになるということなのです。しかし現状では、コンプライアンスは企業の活力をそぐという誤ったイメージがあります。それを改めることが、今回の目的になります。
●「なぜ」コンプライアンスかというストーリーが欠如している
そもそも、なぜ企業はコンプライアンスの本質から外れてしまうのでしょうか。その原因は、コンプライアンスを法律の条文としてしか理解していないことにあります。とにかく会社法でこんなことを決めなければいけない、コンプライアンスだから仕方がない、という形で、非常に「やらされ感」のあるものとして考えられています。コンプライアンスを上から降ってくるものとして考える癖が付いているのです。
書店に行けば、いろんなひな型やテンプレート、書式集がたくさん売られていますが、これを買いに行ってチェックリストを埋めるということが実際に行われています。これも、企業が本質から外れてしまう大きな原因でしょう。
そして、一番根本的な原因は、なぜコンプライアンスをするのかというストーリー(物語)が欠如しているということです。なぜこの会社で仕事をしているのか、そこで何がしたいのかということを考えれば、リスク管理や企業の成長について考えざるを得ません。そこにコンプライアンスが浮上してくるはずなのですが、それがないまま、法律の条文やテンプレート、書式集に走ってしまうのです。これが大きな問題です。
以上のことを抽象的にお話していても仕方がないので、これから失敗例を3つ、成功例を3つ具体的に挙げて、コンプライアンスの本質について考えてみたいと思います。
●2007年、NHKの報道記者がインサイダー取引を行った
第1の失敗例は、2007年に起きたNHKの報道記者によるインサイダー取引事件です。この事件の結果、当時の会長が辞任に追い込まれただけでなく、上から10番目ぐらいまでの理事全員が退任せざるを得なくなりました。受信料の不払いも激増し、国会で取り上げられるまでの騒動になったのです。この事件を受けて、NHKの第三者委員会が設置され、私もその委員の一人に加わりました。第三者委員会報告書は今でもNHKのホームページに公表されています。
事実関係から説明します。NHKには、北は北海道から南は沖縄まで、1,000人を超える記者がおり、さまざまな取材を行ってニュース原稿を書いています。記者は1人1台ずつ記者パソコンを持ち、それぞれ「報道情報システム」とつながっています。無線やオンライン等を通じて、渋谷の報道センターのホストコンピューターにアクセスできるのです。
例えば、北海道の記者がサンマの水揚げの記事を、昼間に書くとします。それをデスクがチェックすることになるのですが、いちいち北海道でチェ...