編集長が語る!講義の見どころ
『昭和16年夏の敗戦』が映す未来とは(猪瀬直樹先生)【テンミニッツTV】

2021/08/10

いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上です。
猪瀬直樹先生の名著『昭和16年夏の敗戦』をお読みになった方も多いと思います。昭和16年(1941年)の夏、当時の若手官僚やエリートビジネスマンが「総力戦研究所」に集められて、日米開戦後のシミュレーション(机上演習)が行なわれた史実に基づいて書かれたノンフィクション作品です。

思えばちょうどいまから80年前の夏の出来事です。はたして、その教訓とはいかなるものか。また、この本はいかなる思いに立脚して書かれたのか。それを著者の猪瀬直樹先生(作家)ご自身に語っていただいた講義を紹介します。併せて猪瀬先生は、同じくご自身の著作である『昭和23年冬の暗号』についてもお話しくださっています。

◆猪瀬直樹:『昭和16年夏の敗戦』と『昭和23年冬の暗号』(全1話)
『昭和16年夏の敗戦』『昭和23年冬の暗号』が映す未来とは
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昭和16年夏に、「総力戦研究所」に集められた当時の若手エリートたちが導き出したシミュレーションの結果は、「緒戦は優勢ながら、徐々に米国との産業力、物量の差が顕在化し、やがてソ連が参戦して、開戦から3~4年で日本が敗れる」という結果でした。ここで大きなカギとなったのが、南方(インドネシア)の石油の輸送です。彼らは米軍の輸送船攻撃による損耗率や、日本の工業力を計算し、輸送が立ちゆかなくなって万事休せざるをえなくなる未来像を正確に見通したのです。

この結果は、当時の近衛文麿内閣(第3次)の閣僚の前で発表されます。ところが、その場で東條英機(当時陸相)が立ち上がり、「戦というものは、計画通りにいかない。意外裡なことが勝利につながっていく。したがって、君たちの考えていることは、机上の空論とはいわないとしても、あくまで、その意外裡の要素というものをば考慮したものではないのであります」と発言。結局、このシミュレーションの結果は生かされることなく、日本は日米開戦の道を歩むことになるのです。

しかし本書では、実はその東條英機が、このシミュレーションに深い関心を寄せていたこと、さらに首相に就任してから、深い苦悩の日々を送ったことも描き出されていきます。

また『昭和16年夏の敗戦』では、そのようなシミュレーションの一方で、「戦争に必要な石油の需給見通しの数字が、いかにつじつま合わせでつくられ、開戦決定の御前会議に提出されたのか」も詳述されます。本書の執筆当時、まだご存命であった東條内閣の企画院総裁・鈴木貞一さんなどへの取材シーンは、まことに圧巻です。

データやファクトをさらけ出して議論をすることの重要性と、つくられた数字で議論してしまうことの危険性を、これ以上ないほど強烈に描いた作品ともいえるでしょう。

もう一冊の『昭和23年冬の暗号』は、東京裁判で裁かれた東條英機らA級戦犯が、なぜ当時の皇太子(現在の上皇陛下)の誕生日に処刑されたのかを追った作品です。『ジミーの誕生日』(その後、『東條英機処刑の日』)というタイトルで発刊されていた書籍が、タイトルを付け直して文庫化されたものです。

いかにアメリカが冷徹にいろいろな仕掛けをして、戦後日本を自分たちの支配下に置いておこうとしたかを描いた作品であり、まさにこの2冊は、第2次世界大戦の始まりと終わりで対になる内容でもあります。

ところで、猪瀬先生が『昭和16年夏の敗戦』を書いたのは、30代半ばのことでした。その当時のことを振り返って、こうおっしゃいます。

《ぼくが30代の半ばに「もし、ぼくも同じ時期にいたら、どうなのだろう」と思って、自分の年代と、模擬内閣を構成した研究生たちの年代を重ねて意識した。「自分にとって、今ここから先は何が見えるだろう」という考え方をした》

政治の意思決定の場での「データの扱い方」の重要性を論じた本書は、ある意味では、猪瀬先生のその後の道路公団改革や都知事(副知事)の仕事ぶりを予告するような書ともいえます。そのようなことも振り返りつつ、猪瀬先生は「ソリューション・ジャーナリズム」の必要性も説かれますが、その内容については、ぜひ本講義をご覧ください。

自著についてご紹介いただく話のなかから、現代の日本にとって大切なことが見事に浮かび上がってくる講義です。


(※アドレス再掲)
◆猪瀬直樹:『昭和16年夏の敗戦』と『昭和23年冬の暗号』
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☆今週のひと言メッセージ
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「語りによって物事は伝えられていく」

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『日本書紀』で伝えられた聖徳太子と歌の物語
上野誠(國學院大學文学部日本文学科 教授/奈良大学 名誉教授)

「語り伝えていく」ということを、実は私は大切なことだと思います。書き付けが残っているからいいというものではないと思うのです。どういうことかというと、語ることによって、その人は人間の心の中によみがえります。語られたその人は、生きているのです。

例えば、自分は今、松下幸之助さんの力によって電気店を営んでゆくことができる。その人の考え方が支えになっているということであれば、「松下幸之助さんというのは、こういう人でね」と、その人が語っていくことに意味があるわけです。


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今週の人気講義
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https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4112&referer=push_mm_rank


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編集後記
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今回のメルマガ、いかがでしたか。編集部の加藤です。

さて本日(8月10日)より長谷川眞理子先生の新たなシリーズ講義<性はなぜあるのか~進化生物学から見たLGBT>の配信が始まりました。

◆長谷川眞理子:性はなぜあるのか~進化生物学から見たLGBT(全4話予定)
(1)有性生殖と無性生殖
なぜ雄と雌はいるのか、LGBTについて進化生物学から考える
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4130&referer=push_mm_edt

今回はLGBTについて進化生物学から考えるシリーズ講義ですが、第1話では以下3つの謎を提示して解説をされています。

第一の謎:なぜ性はあるのか
第二の謎:なぜ雄と雌という二つの性があるのか
第三の謎:なぜ「専門の雌」と「専門の雄」に分かれるのか

いずれもとても気になる謎で、いろいろな生物の例を挙げながらその謎について丁寧に話が進められていきます。2話目以降も毎週火曜日配信予定ですので、ぜひ続けてご視聴ください。