編集長が語る!講義の見どころ
「経済学説」は「実際の政治」にどう影響を与えるか/曽根泰教先生【テンミニッツTV】

2023/06/13

いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です

「経済学」というのは、ある意味では不思議な学問かもしれません。もちろん、純粋な「学説」としての論争はあります。しかし、それだけではなく、「実際の政治」にどのような影響を与えるかという部分も間違いなくあります。

政治の側としても、どの「経済学の学説」に立脚して政策を実行するか次第で、経済の好調・不調に大きな差が出ることになります。当然、経済状況は政権への支持率にも多大な影響を与えますから、どの経済学説を採用するかは死活問題にもなりえます。

たとえば中央銀行(日本でいえば日本銀行)のトップ人事をどうするかということ1つをとっても、その後に甚大な影響を及ぼすことになるのはいうまでもありません。

通常は、「経済学説は経済学説、政治は政治」と二分されて論じられがちですが、今回、曽根泰教先生(慶應義塾大学名誉教授)が、「その両者の関係」という新しい視点から講義をしてくださいました。

経済学説が、実際にどのように政治を動かしうるのかという点からも、まことに興味深い内容です。

◆曽根泰教:政権と経済政策~政治を動かす経済学説(全3話)
(1)政治と学説の関係性
マルクス主義から革命へ…政治体制をも変える学説の影響力
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4957&referer=push_mm_rcm1

今回、曽根先生は、アダム・スミス、マルクス、ケインズ、フリードマンという4人の経済学者を事例として、経済学説が実際にどのように政治に影響を与えうるのかという点を教えてくださいます。

まず、曽根先生が指摘されるのが、経済学説の様々なレイヤーです。

当然、学問の世界ですから、学会内での論争や吟味があります。誰が真っ先にその学説を主張したのか、などといったことが重要になります。

しかし上述したように、経済学説の場合はそれに留まりません。政策として実行したときに、良かったのか悪かったのかという判断もなされます。

さらに政権の側からすれば、その学説を採用することが選挙に有利なのか、政権運用にとってプラスなのか、という判断も働きます。その見地から、鵜の目鷹の目で「有効な経済学説」を探すわけです。

加えて、経済学説が政治体制を左右することもありえます。典型的にはマルクス主義です。マルクス主義では、革命によってそれまでのブルジョワ体制(議会制民主主義、自由主義経済)を打倒し、新たな社会主義体制をつくることを志向しているからです。体制内変革に留まらず、その枠をぶち壊してしまうということです。

では、アダム・スミス、マルクス、ケインズ、フリードマンと並べてみたときに、見えてくるものはなんでしょうか。

まず、アダム・スミスです。アダム・スミスは当時、スコットランドのグラスゴー大学の道徳哲学の先生でしたが、「儲けたい」などといった個人のミクロな動機とは切り離して、マクロの市場全体の結果は最適化されるのだと説きました(見えざる手)。また、「分業」の有効性も説いています。

しかし、彼自身が生きているあいだに政治に大きな影響を与えたかというと、それはまた別の話です。アダム・スミスの頃のスコットランドは、ヒュームがいたり、ワットが出てきたりと国際的な都市でしたが、イギリスの権力の中心で理論を展開したということではありません。

マルクスは、マルクス自身が社会主義運動に身を投じていたこともありますが、いうまでもなく政治に大きな影響を与えます。しかし、マルクス経済学が実践されて「成功したのかどうかは、また別の話」だと曽根先生はおっしゃいます。たしかに、そのとおりでしょう。

ケインズは、生前から大きな影響を与えました。いうまでもなく、財政出動によって需要をつくるというケインズ経済学によってですが、さらに「美人投票」といわれる株価の理論も打ち出していました(自身も投資家でした)。

曽根先生は、ケインズが大きな影響を与えたのは「エリート中のエリートだったから」だと指摘されます。名門出身で自分たちの仲間が政権や学界などにも多かった。だから、影響力を行使する人的なネットワークが非常に強かったというのです。

一方、フリードマンは、政策の関与をできるだけ少なくして市場の動きに任せるべきであり、経済全体は貨幣の供給量など金融政策でコントロールすべきだと主張します。彼の経済学説も、ケインズ経済学が経済停滞やスタグフレーションに直面して経済政策としての有効性を減じてしまうなかで、実際の経済運営に大きな影響を与えることになりました。

政治の側も、どの学説に立脚するかで、政権基盤の強弱を左右されるので必死です。当然、つまみ食いをすることも常套手段ですが、学問の発達という点から見ると、そこから新しい発見が見出されることもあります。

日本の場合も、なぜここまでデフレが続いてしまったか。ここで曽根先生は興味深いエピソードをご紹介くださいます。

《私は、日本のデフレはなぜ起こったのかを、マンデルフレミング(モデル)のマンデルに訊いたことがあります。一般にいわれているように物価が安くなる調整プロセスなのか、あるいは冷戦後に、中国や旧東欧圏など非常に人件費が安い国家が新規参入したことなのか、あるいは教科書に載っているような貨幣数量説なのか。ところが答えてくれなかったのです》

さらに曽根先生は、MMTに代表される極端な財政出動政策については、次のような根本的な問いかけをされます。

《「税金は利息を払いません。債券は利息を払います。利息を払うお金と利息を払わないお金のどちらがいいですか」ということです。過去、日本は10年以上低金利で進んできましたから、根本のところで利息などあってないようなものだとみんなが思い込んだというところはあるのだろうと思いますが、これがどのようになるかは、将来を読むときには非常に重要な要素になります》

まことに、ご指摘のとおりでしょう。

実際に政治や経済の世界が動いているなかで、学説的な判定をどう下すかは、難しいものです。しかしそれでもなお、選択をしなければならない。この部分は、大いに考えられなければならないポイントでしょう。


(※アドレス再掲)
◆曽根泰教:政権と経済政策~政治を動かす経済学説(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4957&referer=push_mm_rcm2


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編集後記
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皆さま、今回のメルマガ、いかがでしたか。編集部の加藤です。

さて、以前にも紹介したかもしれませんが、最近以下の本を読みなおしています。

『聞く技術 聞いてもらう技術』 (東畑開人著、ちくま新書)
https://www.amazon.co.jp/dp/4480075097/

教養にとって必要なものは何か、学びにおいて足りないものは何かなど、いろいろと試行錯誤しながら、皆さまの知的好奇心を刺激する、あるいはその可能性、また今後の選択肢を少しでも広げられるものを探す知的な旅を続けています。
そのなかで、あくまで個人的にですが、上記の本はとても学びの多い本でしたので、ここでその一部を紹介いたします。

それが「ハウジングファースト」という考え方です。

この考え方についてはご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、例えばホームレスの方を支援する場合、〈最初にハウジング=家を手に入れるところから始めるということです。それから働く、いや働かなくてもいい。家を持つのが人権だと考えて、とにかく家から始める〉と本書にはありました。
そして大事なのは「自分だけの個室」であることだと。つまり、気兼ねなく、部屋でいろいろなことをする権利、プライバシーの保てる部屋を持つことは人間の基本的な権利だという考え方です。

さらに興味深いのは、そのあとです。こうありました。
〈おもしろいのは、ちゃんと働けるようになったら個室が手に入るというステップモデルよりも、最初から個室が手に入るハウジングファーストモデルのほうが、結果的に働くことへの障壁が下がることです。(中略)報酬を先にあげると人は怠けるから、成果を出したら報酬をあげるという制度は、一見正しいように見えて、多くの人をがんばれなくさせている〉

いかがですか。これはあくまで著者の方の考え方ですので、すべてにあてはまることはないとは思いますが、納得させられるものがあると感じました。

これを教養や学びに置き換えると、何か役に立つからがんばれるのではなく(もちろん役に立つからがんばれることもあるとは思いますが)、集中できる、あるいは自分でじっくり考えることができる「自分だけの〈学び〉の個室」が先にあると、がんばれるのではないか。ちなみに、学びの場合、個室は実際の部屋でなくても、〈自分だけの〉時間、空間があればいい、つまりそういった環境が大事なのではと思った次第です。