編集長が語る!講義の見どころ
小林秀雄と吉本隆明~「断絶」を乗り越える/浜崎洋介先生【テンミニッツTV】

2023/08/22

いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です。

日々暮らしていくなかで、えもいわれぬ不全感とか、ズレた感じとか、居心地の悪さなどはないでしょうか。……などと書くと、ちょっと危ない勧誘と間違えられてしまいそうですが、多かれ少なかれ、誰しも心のどこかに、そのような感覚を持っている部分があるのではないでしょうか。

その感覚の「正体」が何なのか。明治から昭和にかけて、それを解き明かしてきたのが文学者であり、文芸批評家であった……。

本日は、そのような観点から小林秀雄と吉本隆明について論じていただいた浜崎洋介先生(文芸批評家)の講義を紹介いたします。浜崎先生は、『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書)で、第31回山本七平賞奨励賞を受賞されています。

小林秀雄や吉本隆明といえば、「若い頃に読んだ」という方も多いのではないでしょうか。「名前は知っているけれど」という方もいらっしゃることでしょう。しかし、あらためて両者に光を当てることで、必ずや様々な気づきが得られるはずです。

◆浜崎洋介:小林秀雄と吉本隆明―「断絶」を乗り越える(全7話)
(1)「断絶」を乗り越えるという主題
小林秀雄と吉本隆明の営為とプラグマティズムの格率
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5030&referer=push_mm_rcm1

浜崎先生は、まず、どうして文学者が社会をつくる役割を担うことになったのかをお話しくださいます。

《結論からいってしまえば、彼らは西洋ヨーロッパから輸入した近代思想というものをまず身に引き受けながら、しかし、それを単に言葉として器用にブロックのように並べるだけではなく、日本語のリアリティの中に定着させなければならなかったのです。これが文学者なのです》

これは非常にわかりやすい話です。さらに浜崎先生はこう続けます。

《社会的な文明は向こうからやってくるわけです。しかしながら、日本語は私たちの自然的な呼吸です。つまり社会のある価値基準と、そして私たちの自然な呼吸、これには1つのずれや摩擦があったのですが、その摩擦やずれを乗り越えて、その葛藤を越えて、それとどう折り合っていけばいいのか、そのような課題をまさに文学者は身に引き受けたといっていいと思います》

実はこのことは、小林秀雄が指摘していたことでした。それをふまえたうえで浜崎先生は議論を進めて行きます。

一般には小林秀雄は右(保守)、吉本隆明は左(革新)というイメージを持たれますが、浜崎先生は「この2人は実のところ、似たようなことを言ったのではないのか」とおっしゃいます。それが「社会と自然の葛藤との折り合いという主題を引き受けたこと」だと。

そのうえで、浜崎先生は明治からの時代状況を概観します。

幕末から明治にかけて「和魂洋才」といわれました。これは、これまで日本人が培ってきた儒教的な思想や武士道、家族制度などに立脚しつつ、文明開化的なものや資本主義によって世界をより豊かにしていこうとするものでした。

しかし、資本主義は「個人化」を推し進め、それまでの共同体的な原理が掘り崩されていきます。

明治45年(1912年)が終わって大正になると、だんだんと江戸期の教育を受けた世代がいなくなっていきます。一方、大正3年(1914年)に第一次世界大戦がはじまると、日本では戦争景気になってバブルになる。

かくして、「自分たちが発展すれば世界の発展につながるという非常に明るい思想を持ちながら、自分の足元が見えていない危うさを抱える」状況になっていくのです。

そこに関東大震災(大正12年=1923年)や、昭和恐慌(昭和2年=1927年の金融恐慌と、昭和4年=1927年からの世界大恐慌)が訪れます。

そのような時代のなかで、芥川龍之介は「ぼんやりとした不安」というひと言を残して自殺する(昭和2年)。さらにマルクス主義が一気に流行していく。

すでに日本人はそれまでの「生き方の型」をなくしつつありましたが、一方で、もはや大正時代のような楽観主義でも立ち行かなくなります。ここで、日本人と近代をどう接ぎ木すべきかを問う必要が、あらためて出てくるのです。

浜崎先生は、小林秀雄はこのような時代を背景にして、「日本人の内的感覚と近代を接ぎ木する営みを彼が初めてなそうとした」と指摘します。

では、小林秀雄が何を語ったか……は、ぜひ第3話をご覧ください。とてもわかりやすく、小林秀雄が考えたことが理解できるようになります。

第4話以降は、吉本隆明について見ていきます。

吉本隆明について浜崎先生は、「純粋戦中世代の葛藤」というところから話をスタートします。小林秀雄は明治35年(1902年)生まれですが、吉本隆明は大正13年(1924年)生まれで、思春期の10年間をほぼ昭和の戦争期に過ごし、20歳で終戦の日を迎えるのです。

ここで、「日本近代をこれまで支えてきた国体思想とはいったい何だったのか」「それが崩壊した後に、日本人はどうやってこの世界で生きていけばいいのか」という問題に直面することになります。

浜崎先生は、吉本隆明が敗戦の日のことを書いた「戦争と世代」というエッセイをひもときつつ、吉本隆明の考え方に迫っていきます。吉本は「大衆の原像」とか「対幻想」などという難しい言葉を語りつつ、解きほぐしていくと非常に単純なことをいっていたのではないか、というのですが、それはぜひ第4話、第5話をご覧ください。

さらに第6話では、小林秀雄と吉本隆明の後に批評はどうなったのかという視点から、江藤淳と柄谷行人を取りあげます。

明治維新で前近代と近代が切り離され、敗戦で戦前と戦後が切断され、そして戦後は父性原理も母性原理もなくし、包括的な歴史観もなくした。そのときに私たちは何をよすがに他者とともに共同性を営めばいいのか。

江藤や柄谷は、それぞれの見地からそのような時代を批評していきました。

第7話は、これらの流れを受け止めて、ではいま、私たちは何を考えるべきかです。「今、今、今」と断片化していって、「大きな物語」を脱構築していくようなポストモダニズム的な時代感覚が主流となっていくなかで、いかに「包括的な大きな物語」を取り戻すのか。

このことについて、浜崎先生は福田恒存の言葉を引いて講義を締めます。

《近代は個人それ自体のうちに自律性を求め、そして失敗した。自律性はうちに求めるべきではない。個人の外部にーー宇宙の有機性そのもののうちに求められねばならぬ。ぼくたちは有機体としての宇宙の自律性に参与することによって、みづからの自律性を獲得し他我を愛することができる》

つまり、自分の内側に自律性を求めるのではなく、自分がどういうところに生まれて、どういう関係性の場に立ち、どういう生命のリズムやどういう伝統に立脚して生きているのかということに自覚的に参与していくべきだというのです。

明治から日本人が抱えてきた課題と、いま私たちが直面している課題を明確に理解できる講義です。ぜひご覧ください。


(※アドレス再掲)
◆浜崎洋介:小林秀雄と吉本隆明―「断絶」を乗り越える(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5030&referer=push_mm_rcm2


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編集部#tanka
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編集後記
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皆さま、今回のメルマガ、いかがでしたか。編集部の加藤です。

さて、このお盆休みの期間中、宮崎駿監督の話題作「君たちはどう生きるか」を観てきました。「感想は?」といわれると、「感想を一言でいうのはとても難しい」というのが感想といえるほど、とても考えさせられる映画でした。
すでにご覧になったという方も少なくないと思いますが、ご興味のある方でまだという方は、ご覧になってからその意味を感じていただければ幸いです。

そこで本日は、映画の感想とは関係ないのですが、そのときふと思い出した、以下の講義を紹介して終わりたいと思います。

哲学者ヒュームはなぜ「共感」を重視したのか
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五十嵐沙千子(筑波大学人文社会系准教授)
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筑波大学「哲学カフェ」の二人の講師が繰り広げる「幸福対談」のなかのお話です。「君たちはどう感じるのか」、そう問いかけられているような…。すでにご視聴になられた方もぜひもう一度ご視聴ください。