編集長が語る!講義の見どころ
なぜ生きづらいのか~福田恆存の思想から現代日本人の幸福を探る/浜崎洋介先生【テンミニッツTV】

2024/07/23

いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です。

本日紹介するのは、浜崎洋介先生の《福田恆存とオルテガ、ロレンス~現代と幸福》の講義です。

タイトルだけを聞くと、もしかすると「自分には、あまり関係のない講義かもしれない」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、この講義は、日々のなかで何となく感じる「居心地の悪さ」や「えもいわれぬ不全感」などの正体について深掘りし、現代人の幸福について考えるものです。

浜崎先生には、テンミニッツTVで《小林秀雄と吉本隆明―「断絶」を乗り越える(全7話)》という講義をお話しいただいておりました。今回の講義は、その続編的な位置づけとなります。併せてご覧になると、さらに理解に深みが増すことでしょう。

◆浜崎洋介:福田恆存とオルテガ、ロレンス~現代と幸福(全8話)
(1)曖昧になった日本人の「自然」
小林秀雄から福田和也まで、日本の文芸批評史を俯瞰する
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5395&referer=push_mm_rcm1

浜崎先生は、まず第1話で、前回の《小林秀雄と吉本隆明―「断絶」を乗り越える》講義のあらましをお話しくださいます。1つのキーワードが「自然観」です。

日本は明治以降、西洋近代文明を受け入れて、日本社会を近代化していきました。当然、それは江戸時代までの価値観とは大きく違う文明の受け入れでした。そのため、近代的な価値基準と、日本人の自然観(「自然な呼吸」のようなもの)とは、どうしても大きなズレや摩擦がありました。

このズレを乗り越えるために、戦前を代表する批評家である小林秀雄(1902年〈明治35年1902年〉~昭和58年〈1983年〉)は、前近代と近代の分裂をどう縫合するのかを課題としました。そのために、日本の歴史や古典にまなざしを向けたわけです。

一方、小林秀雄より20年後に生まれた吉本隆明(大正13年〈1924年〉~平成24年〈2012年〉)は、そのような問題意識に加え、戦前の価値観と戦後の価値観の分裂に直面することになりました。吉本隆明は「対幻想」などの概念を打ち出し、性や家族など私たちの「第2の自然」といってもいいものに依拠することによって、戦前と戦後の分裂を縫合する方向を模索しました。

しかし、そのような自覚――すなわち日本人の歴史・伝統や、あるいは対幻想としての性や家族――さえ、1970年代以降になると、だんだんと曖昧になっていきます。つまり、自分の内部で信じられるリアリティ(日本人の自然観)が霧散してしまうのです。

ではなぜ、日本人の自然観が曖昧になってしまったのか。その大きな契機は、1970年代以降の「大衆化」でした。

その背景の1つが、1960年代以降の日米安保&憲法9条体制の固定化です。これによって、国の安全保障は完全に他人事となり、国家における当事者意識が溶解していきます。

もう1つは、「農村からの離脱=故郷喪失」と「消費社会の拡大」と「核家族化」です。つまり人工的な環境が拡大していき、そのなかで団地などの人工的な場に棲むバラバラな家族が増えていくのです。

この「大衆化の問題」を、20世紀において初めて大きく取りあげたのがスペインの哲学者であるオルテガ・イ・ガセット(1883年~1955年)でした。

オルテガは、1930年に上梓した『大衆の反逆』で、「歴史に対する畏怖感を失ったエゴイストたちがわっと出てきた」と鋭く喝破しました。

故郷を失い、歴史を忘却して、歴史の文脈がわからなくなってしまうと、いま目の前にあるものに対する理解が大きく後退する。そうすると、それぞれがただ自分の主観をバラバラに言い出すことになる。自分の欲求も制限されることなく、甘やかされた子供のようになっていく。

もう一方で、価値観が空っぽになっていくので、結局は、「みんなと同じ」というところに逃げ込む人たちばかりになる。

そうオルテガは主張したのです。

これと同じ問題意識を追究したのが、福田恆存(大正元年〈1912年〉~平成6年〈1994年〉)でした。

福田恆存は大衆社会において人間は「右向け右といわれたら右を向く、左向け左といわれたら左を向く、全く無自覚な羊の群れと化していく」と述べました。浜崎先生は、こうおっしゃいます。

《自分の胸に手を当てて、自分の自然観、自分の直感、自分の呼吸感、それに基づいて何かを判断するということは完全になくなったといってもいいのかもしれません》

そして、それはまさにコロナ禍における、われわれの姿ではなかったかと。まさにおっしゃるとおりでしょう。

このような状況にどう抵抗するか、その方法を説いたのが福田恆存でした。

福田恆存が大きな影響を受けたのが、D・H・ロレンス。とりわけその『黙示録論』でした。D・H・ロレンスは『チャタレイ夫人の恋人』を書いた作家ですが、『黙示論』では何を書いたのか。

そのことについては、ぜひ講義の第5話をご覧いただければと思いますが、浜崎先生は次のように指摘します。

《近代個人主義、あるいは西洋個人主義は、その底にキリスト教がある。そして、そのキリスト教自体に2つのキリスト教がある。1つは、福音書が説くキリスト教であり、もう1つのキリスト教が、ヨハネ黙示録である》

つまり、福音書にはイエスの愛と信仰の記録が書かれているが、ヨハネ黙示録には殉教者が救われて、現世で栄えた者は地獄に落ちると書いてある。しかも、最後の審判のあとで、殉教者だけが寡頭政治をするように書いている。これはつまり、抑圧された信仰者の集団的自我がルサンチマンをもって一気に爆発した権力意識ではないのか。

つまるところ、現代的に考えれば個人主義・自由主義的なあり方をとことん加速していくと、結局は自殺か全体主義かにならざるをえないのではないか、ということになります。

ロレンスはここで近代的個人主義以外の原理を持ってくるしかないと説きます。それが「自然や宇宙との一体化」なのです。これはつまり「自分自身を成り立たせている自然に依拠する」ということです。

この短いメールでの説明ではわかりづらいので、このあたりはぜひ講義本編をご覧ください。とてもよく伝わってきます。

そして福田恆存は、そのような「自然」をつかむための芸術や演劇について語るのです。それが、福田恆存の主著ともいえる『人間・この劇的なるもの』なのです。

ここで福田恆存は「自由とは、所詮、奴隷の思想ではないか」と喝破します。選択肢がたくさんある選択の自由は、本当に自由なのか。それよりも、「自分はこうとしか生きられなかった」という宿命に生きるほうが、よほど「かけがえのない人生」だといえるのではないか。

そして、その宿命を手繰り寄せるために「演戯」が必要なのだと福田恆存は述べました。

そして講義の第7話では、小林秀雄と福田恆存が説く「日本人の自然観」に話が及びます。禅宗などを例に出しての「自然観」の話は、まことに深い興味を覚えます。

そして最終第8話では「日本人の流儀」が説かれます。浜崎洋介先生は、最後にこんな福田恆存の言葉を引用します。

《私はいま「自信」と申しましたが、それは結局は、自分より、そして人間や歴史より、もっと大いなるものを信じるということです。それが信じられればこそ、過失を犯しても、失敗しても、敗北しても、なおかつ幸福への余地は残っているのであります。この信ずるという美徳をよそにして、幸福はなりたちません》

この「もっと大いなるもの」とは、「親子、兄弟、夫婦、友人、それらを可能にしているもの=自然・伝統」だというのですが。詳細はぜひ第8話をご覧ください。

じっくりと講義を視聴していくなかで、必ずや自分の人生の幸福についてしみじみと考える時間を持てる講義です。


(※アドレス再掲)
◆浜崎洋介:福田恆存とオルテガ、ロレンス~現代と幸福(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5395&referer=push_mm_rcm2


----------------------------------------
編集部#tanka
----------------------------------------

その罪にこの罰ありや天秤の傾き軋む音が響く夜

体操・宮田笙子選手のパリ五輪辞退が大きな問題になっています。飲酒喫煙を罰するにせよ、「辞退」は本当に間尺に合うのか?そもそも罪とは?長谷川眞理子先生の講義で考えましょう。(達)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5258&referer=push_mm_tanka


----------------------------------------
今週の人気講義
----------------------------------------

好奇心はコントロールが効かない…遊びの重要な条件とは
為末大(Deportare Partners代表/一般社団法人アスリートソサエティ代表理事/元陸上選手)
柳川範之(東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5410&referer=push_mm_rank

常識を初めて知った!?生成AIの大規模言語モデルとは
岡野原大輔(株式会社Preferred Networks 共同創業者、代表取締役 最高研究責任者)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5404&referer=push_mm_rank

失敗する日本のやり方…『孫子』に学ぶ華僑との違い
田口佳史(東洋思想研究家)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5419&referer=push_mm_rank

地政学を理解する上で大事な「3つの柱」とは
小原雅博(東京大学名誉教授)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5351&referer=push_mm_rank

不登校は教育システムが原因!?学校も企業も問題が組織に
斎藤環(精神科医)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5386&referer=push_mm_rank