編集長が語る!講義の見どころ
東西の哲学から真の「正しさ」を考える/中島隆博先生×納富信留先生【テンミニッツ・アカデミー】

2026/02/06

いつもありがとうございます。テンミニッツ・アカデミー編集長の川上達史です。

選挙戦のなかで様々な情報が飛び交います。とりわけ今回の選挙では「謀略情報?」とさえ思われるようなネタから、「どこまで信じていいの?」という当落予測まで、種々のニュースや動画がネットメディアなどであふれかえっています。

やはり、こういうときは本質をじっくり考えてみることが重要でしょう。

先週金曜日のメルマガと昨日の編集部ラジオでも紹介した《「時代の大転換期」の選挙に考える》特集では、時代の大局観を読むために必須の講義を紹介しました。

本日は「正しさとは何か」について、東洋哲学の中島隆博先生(東京大学東洋文化研究所長・教授)と西洋哲学の納富信留先生(東京大学大学院人文社会系研究科教授)に真正面から論じていただいた講義を紹介します。

たとえば、ネットにあふれる「謀略情報?」のようなものや、あえて意地の悪い質問をぶつけて片言隻句をとらえて大々的に非難するようなことに、どう向き合えばいいのでしょうか。「魔女裁判的な正義」「人民裁判的な正義」にどう対処すべきなのでしょうか。

そもそも、西洋哲学や東洋哲学では「正しさ」について、どのようにとらえてきたのでしょうか。

◆中島隆博先生×納富信留先生:哲学から考える日本の課題(全11話)
(1)言葉の正しさとは
「正しい言葉とは何か」とは、古来議論されているテーマ
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3199&referer=push_mm_rcm1

両先生はこの講義のなかで、とても興味深い指摘をされます。古代西洋においても、また古代中国においても、「正しい」という形容詞は「行為」に関わるものではなく、「人」に関わるものだったというのです。

つまり、現代人は、「これをやったら正しい」「これをやったら正しくない」というように、ある行為を評価するものとして「正しい」という言葉を使いますが、古代の西洋でも東洋でも、「人」が正しいか正しくないかを判断したということです。

たとえば納富先生は、古代ギリシャでは、「正しいことをやる人が正しい人」ではなく、「正しい人がやることが正しいこと」だと考えられていたと指摘されます。「正しい人」は長年かけた良き行いの積み重ねによって「正しい人」になっていく。「正しい人」という理想を心のなかに持つことで、それに少しでも近づくようにしたのです。

また中島先生は、古代中国でも「正しさ」が人に関わるものだった例として、中国古典に出てくる「君子」という言葉を挙げます。どうやったら「正しい人=君子」になれるかが最大の問題だったのです。

では、古代の西洋と東洋では、「正しい人」になるために、どのような教育が必要と考えていたのでしょうか。そのことも両先生は本講義で教えてくださいます。

たしかに、「正しさ」を「行為」につけるか「人」につけるかで、考え方は大きく変わります。

「正しさ」を「行為」に結びつけると、ややもすれば人を糾弾してつるし上げるような雰囲気になってしまうかもしれません。

一方、古代ギリシャや古代中国の知恵のように「正しさ」を人に結びつけると、「正しさ」の伸びしろや、より良い方向に進んでいくような「正しさ」、あるいは「許し」についても考えることができるように思えてきます。

ところで、「正しさ」といっても、けっして単純なものではありません。当然、いろいろな側面があります。

政治家や行政家、外交官も、あるいはビジネスマンも、相手の国の要路に賄賂を贈ってでも、国益に資する情報や資源を得なければならないことがあるかもしれません。あるいは、ブラフをかけてでも、自分たちに有利に事を運ばなければならないかもしれません。

そのようなことと「正しさ」について、どう考えればいいのでしょうか。

この点について、とても興味深い2つの逸話をご紹介くださいます(講義第6話~)。

◆中島隆博先生×納富信留先生:哲学から考える日本の課題~正しさとは何か(全11話)
(6)正しさの基準
カントと『論語』の対立を超えたところで正しさを議論する
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3247&referer=push_mm_rcm2

(7)ポピュリズムと言葉の問題
ポピュリズム化する社会で「正しさ」をどう考えるべきか
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3262&referer=push_mm_rcm3

まず中島先生が提示くださるのは、父親がヒツジを盗んだことを密告して逮捕させた息子を「正直者」だといった人に対して、孔子が「それは逆で、子は父のために隠すべきだ」と語った話。

もう1つは、それとは逆にイマニュエル・カントが、「誰かに追われている友人が逃れてきて、追っ手が『お前はあいつを匿っただろう』と問うてきた場合でも、嘘をついてはいけない」と指摘した話です。

果たして、どう考えればいいのでしょうか……。

一方、納富先生は、続く第7話で、このカントの話を別の角度から言及され、そして「嘘のパラドックス」についてご解説くださいます。

このご対談講座は、テンミニッツ・アカデミーの講演会を収録したものです。講演会ならではの話の流れもありますし、また、後半には質疑応答の部分もあります。

質疑応答編(第8話以降)では、宗教と道徳について、「無責任の体系」について、さらに「世界哲学」の可能性や「シンギュラリティ後の世界における古典の役割」について議論が進められます。

哲学の視点から、多くの気づきを得ることができる講義で。ぜひご覧ください。


(※アドレス再掲)
◆中島隆博先生×納富信留先生(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3199&referer=push_mm_rcm4


公式X(@10mtv_opinion)では、毎日独自コンテンツを配信中!
https://x.com/10mtv_opinion