編集長が語る!講義の見どころ
二・二六事件から90年…その「本当の教訓」とは?/中西輝政先生【テンミニッツ・アカデミー】
2026/02/24
いつもありがとうございます。テンミニッツ・アカデミー編集長の川上達史です。
今週の木曜日は2月26日。昭和11年(1936年)に起きた「二・二六事件」から90年目となります。
二・二六事件を1つのきっかけとして、日本は軍国主義の道に進むことになるといわれることもあります。はたして、二・二六事件とは、いかなる意味があるものだったのか? そして昭和陸軍の教訓とは?
日本の安全保障の危機が再び高まりつつある「いま」だからこそ、そして先般の第51回総選挙で日本が新たな時代に突入しようとしている「いま」だからこそ、日本がなぜ、あのような戦争に突入してしまったのかについて、深く考えるべきではないでしょうか。
中西先生はこれまでの「昭和史理解」は大きく誤っており、それでは日本が戦争への道を歩んでしまった本当の理由もわからないとおっしゃいます。はたして、どのようなことなのでしょうか。
よく、「陸軍が暴走をして、日本を戦争の道に進ませた」といわれます。しかし、考えてみれば、このように「大ぐくり」に説明してしまうと、結局のところ、何もいっていないのと同じです。
当然、陸軍のなかにも、いろいろな考え方がありました。また、戦争に突入するまでに、いくつもの分かれ道もありました。
中西先生は、そこに鋭くメスを入れてくださいます。だからこそ、世界的な危機が高まり日本の判断が問われる局面において、道を誤らないための教訓がくみ取れるのです。
◆中西輝政先生:戦前、陸軍は歴史をどう動かしたか(全7話)
(1)総力戦時代の到来
日英同盟の廃棄、総力戦…世界秩序の激変に翻弄された日本
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4566&referer=push_mm_rcm1
中西先生はまず第1話で、あの悲劇の戦争に至る大きな動因は、当時が世界史の大変動期だったことだと強調されます。
第1次世界大戦後、それまでのイギリスを中心とした世界秩序(パックス・ブリタニカ)が崩れました。日本は、「日英同盟」を安全保障の基軸にしていましたが、それも1921年~1922年のワシントン会議で廃棄されます。
しかも、国力のすべてを動員して戦争をする「総力戦」の時代になりました。また、民族自決の「ウィルソン主義」が掲げられて、中国や韓国で反日ナショナリズムが高まり、ロシア革命によって共産主義や社会主義のインパクトも増大します。
羅針盤をなくした日本は、この大転換に大いに翻弄されることになるのです。
この状況のなか、1922年に、ドイツのバーデン=バーデンで、いずれも陸軍少佐だった永田鉄山、小畑敏四郎、岡村寧次(後ほど東條英機)が集まります。東條以外は陸軍士官学校16期の同期でした(東條は17期)。彼らは、この新しい時代に、日本を列強と互角に対抗できる国にするべく陸軍と国家の革新をしていこうと誓い合います。
彼らが中心となって、陸軍内部の革新の動きが起きていきます。しかし後年、とくに永田と小畑が、戦略の相違から決定的に仲違いすることになります。
この時代の歴史を読んだことがある方であれば、陸軍の「皇道派」と「統制派」という言葉を聞いたことがあると思います。「皇道派の青年将校が二・二六事件を起こした」とも広くいわれます。
しかし中西先生は、そのような後年の歴史の描き方は、アンフェアだと指摘します。
そもそも二・二六事件の青年将校たちは尉官(少尉、中尉、大尉)クラスで、彼らと近かった皇道派の主要な軍人は数えるほうが難しいほど少なかったといいます。
実は「皇道派」と区分けされる主要な軍人は、知的で開明的な情報将校が多かったのです。
小畑敏四郎はロシア武官でロシア語もドイツ語も完璧にでき、作戦の神様といわれるだけでなく、各国について的確な知識をもっていました。さらに、後年、吉田茂のブレーンとして活躍する辰巳栄一、オトポール事件でユダヤ人を救出し、終戦時には樺太や占守島でソ連に反撃するように断固命じた樋口季一郎、スウェーデン武官で重要な機密情報をいくつもつかんだ小野寺信……。
かれらの人となりについては、ぜひ講座の第4話をご覧ください。
実は彼らは、情報将校だったこともあり、各国の情勢を正しく把握していました。対ロシア(ソ連)の情報将校を務めていた彼らは、ソ連の脅威を重視します。
しかし、統制派の筆頭である永田鉄山は、「日本を高度国防国家にするため」に、経済界や政界への工作を重ね、満洲事変の後には、資源確保のために中国本土の資源を手に入れるべきだと主張します。
一方の小畑たちは、中国本土に手を出したら、ソ連への対応が手薄になるばかりでなく、英米などとの不要な摩擦を招くことを見抜いていました。
結果的には、陸軍の派閥抗争のなかで永田鉄山は相沢三郎中佐に殺害され(1935年)、小畑敏四郎は二・二六事件(1936年)が起きた後の粛軍で予備役に編入されることになります。
その後、統制派的な考え方が主流となって中国との対立は決定的なものとなり、盧溝橋事件の後、中国軍が上海の日本軍に攻撃を加えたことで(第二次上海事変)、日中戦争の火蓋が切って落とされることになるのです。
中西先生は第6話で「一番危険な思想は、統制派の思想だった」と分析されます。そのうえで中西先生は、「高度国防国家をめざしたのは日本に限ったことではないのに、なぜ日本は失敗の道を歩んでしまったのか」について考察します。
本当の意味での国際協調は、力関係をしっかりと考えて導き出される。しかし戦前期の日本は、安易に欧米の潮流に追随する「過度に楽観的な軽挙妄動」と、その反面としての「過度に悲観的な未来観」にとらわれてしまった……。
このような様相は、現代の日本においてもよく見られるところです。「昭和の悲劇」から何を教訓とすべきか。その点を深く考えさせる必見講座です。
(※アドレス再掲)
◆中西輝政先生:戦前、陸軍は歴史をどう動かしたか(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4566&referer=push_mm_rcm2
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※頼住光子先生の「頼」は、実際は旧字体
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