編集長が語る!講義の見どころ
《今を知る》人間から考える「昭和の戦争」/門田隆将先生×早坂隆先生&特集【テンミニッツ・アカデミー】
2026/08/12
いつもありがとうございます。テンミニッツ・アカデミー編集長の川上達史です。
今年の8月は、以前と比べると、だんだんと「戦争」についての番組や記事や情報が少なくなってきているのかもしれません。しかしやはり、日本の戦争についてこのタイミングで深く考えることは、とても重要なことだと思います。
とはいえ、やはり戦争を「歴史的事実」としてだけで見ていくと、大切なことを見落としかねません。
けっして忘れてはいけないのは、そこに「血の通った人間」がいることです。様々な立場で戦争の時代に直面し、その時代を生きた人たちが考えたこと、決断したこととは何だったのか。その生き方が、どのようなメッセージを放っているのか。
そのことを見つめることのなかから、「戦争の真実」が浮かび上がってきます。今回の特集では、そのような見地から、人物から戦争について考えることができる講義を集めました。
■今を知る講義まとめ:人間から考える「昭和の戦争」
https://10mtv.jp/pc/feature/detail.php?id=207&referer=push_mm_feat
◆門田隆将先生×早坂隆先生:ソ連軍から在留日本人4万人を守れ…内蒙古での「戦後」の激闘
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=6305&referer=push_mm_rcm1
◆門田隆将先生×早坂隆先生:5200人の将兵を救え…米軍も称賛した「キスカ島撤退作戦」の奇跡
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=6250&referer=push_mm_rcm2
◆小澤俊夫先生:満洲で「五族協和」に命を懸けた小澤征爾の父・小澤開作
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3606&referer=push_mm_rcm3
◆刑部芳則先生:古関裕而の戦時歌謡は戦時中、大衆の心の支えであった
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3681&referer=push_mm_rcm4
◆渡部昇一先生:激しい対空砲火の中、着陸に成功した「義烈空挺隊」の最期
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=979&referer=push_mm_rcm5
◆野田一夫先生:『きけわだつみのこえ』を読むと今でも涙が止まらない
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=291&referer=push_mm_rcm6
■ピックアップ講義:昭和の名将・根本博…その「戦後」の死闘の真実(門田隆将先生×早坂隆先生)
本日は特集より、ノンフィクション作家の門田隆将先生と早坂隆先生に「昭和の名将・根本博」についてお話しいただいた講義を紹介したいと思います。
「根本博」という名前を聞いても、あまりご存じない方が多いかもしれません。一般的にはあまり知名度の高くない陸軍中将(敗戦時)ですが、実は根本は、とりわけ戦後の厳しい局面で、人間としての「本義」を貫く決断をした人物です。
根本博が貫いた本義とは、「戦後」であるにもかかわらず、命懸けの戦いを自ら買って出たことでした。
1つは終戦時の内蒙古での戦いです。
内蒙古(内モンゴル)は、現在の中華人民共和国内モンゴル自治区に当たる地域ですが、第二次世界大戦前は満洲国の隣接地でもあり、日本の勢力下となって「蒙古聯合自治政府」が設立されていました。日本人も終戦時に4万人が在住していました。
しかし、昭和20年(1945年)8月9日、ソビエト連邦は「日ソ中立条約」を一方的に破棄し、満洲や内蒙古に侵攻を開始します。
当時、根本博中将は、日本軍で内蒙古の防衛を担当する「駐蒙軍」の司令官でした。ソ連軍に対して必死に抵抗を続けますが、8月15日の終戦を迎えます。
当然、軍上層部からは「降伏と武装解除命令」が来ます。
ここで根本は決断を迫られました。命令どおりにソ連軍に降伏して、内蒙古在留の日本人4万人をソ連軍のなすがままに任せるのか。それとも、あえて命令違反を犯してまでもソ連軍と戦い続け、日本人が退避する時間をかせぐのか――。
根本は苦悩しつつ「後者の道」を選ぶのです。その結果、内蒙古にいた4万人の在留邦人の大半が殺されることなく日本への帰国を果たしたのです。
根本博の戦後の決断の2つ目は、昭和24年(1949年)、ほぼ「勝手」に台湾に密航し、その頃の国共内戦(蒋介石率いる中国国民党と毛沢東率いる中国共産党の内戦)で国民党を救うべく実際に戦闘を指揮し、勝利を収めたことです。
国共内戦で国民党軍は敗走を重ね、ついに台湾に追い込まれていました。
しかし蒋介石率いる国民党政権は、日本の敗戦後、邦人の日本帰還において寛大な扱いをしてくれていました。その温情を受けた日本側の責任者として、恩義に応え、台湾を救うために力を尽くすべきではないか。根本はそう考えたのです。
もちろん、戦争が終わって4年、根本が「あえて戦地に赴かなくても」、非難めいたことをいう者は誰もいなかったでしょう。逆に、小舟で台湾に密航した根本は、不審密航者として台湾側に逮捕収監されてしまいます。
そんな危険を冒してまで、なぜ根本は台湾に馳せ参じたのか。そして、不審人物が「根本博将軍」であるとわかったとき、国民党軍の人々は彼をどう迎えたのか。
それぞれの経緯と詳細な状況、さらに戦後にまで至る影響について、門田隆将先生と早坂隆先生に講義2シリーズにわたって縦横無尽にお話しいただきました。
◆門田隆将先生×早坂隆先生:昭和の名将・根本博…内蒙古・終戦後の戦い(全4話)
(1)軍人の本義を貫いた根本博中将
ソ連軍から在留日本人4万人を守れ…内蒙古での「戦後」の激闘
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=6305&referer=push_mm_rcm7
◆門田隆将先生×早坂隆先生:昭和の名将・根本博…台湾での恩義の戦い(全5話)
(1)危機の台湾への密航
「国共内戦」危機の台湾…根本博の密航と涙で迎えた中国人将軍
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=6318&referer=push_mm_rcm8
実は根本博は、昭和6年(1931年)の陸軍将校によるクーデター未遂事件(三月事件、十月事件)で、蹶起将校たちの集まりだった「桜会」に属していました(根本自身は、過激な運動への参加は躊躇していますが)。
また、陸軍ではずっと「中国畑」を歩んでおり、たとえばシナ事変(日中戦争)の後には、華北地域における日中提携を図る大衆組織「新民会」の結成に関わるなど、見方によっては「謀略活動」ともいわれかねない活動を進めていました(テンミニッツ・アカデミーで小澤俊夫先生がお話しくださっている「小澤開作」もこの新民会の中心メンバーでした)。
このような経歴だけを見ると、ステレオタイプ的な「悪しき陸軍軍人像」が脳裏に浮かんでくるかもしれません。しかし、その事績を詳しく見ていくと、一気に人間らしい側面が見えてくるのです。
しかも上記したような根本の決断の背景には、根本自身が経験した昭和2年(1927年)の「南京事件」での経験があって……。それがどのようなことかは、ぜひ講義本編をご参照ください。
「経歴」ではなく、「人間」に着目して歴史を見ていくことが本当に重要であることが、よくわかる必見講義です。
(※アドレス再掲)
■今を知る講義まとめ:人間から考える「昭和の戦争」
https://10mtv.jp/pc/feature/detail.php?id=207&referer=push_mm_feat
◆門田隆将先生×早坂隆先生:昭和の名将・根本博…内蒙古・終戦後の戦い(全4話)
(1)軍人の本義を貫いた根本博中将
ソ連軍から在留日本人4万人を守れ…内蒙古での「戦後」の激闘
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=6305&referer=push_mm_rcm9
◆門田隆将先生×早坂隆先生:昭和の名将・根本博…台湾での恩義の戦い(全5話)
(1)危機の台湾への密航
「国共内戦」危機の台湾…根本博の密航と涙で迎えた中国人将軍
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=6318&referer=push_mm_rcm10
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テンミニッツ・アカデミー編集部