編集長が語る!講義の見どころ
『万葉集』でわかる奈良時代の貴族と地方豪族の関係と日常/上野誠先生【テンミニッツ・アカデミー】

2026/10/19

いつもありがとうございます。テンミニッツ・アカデミー編集長の川上達史です。

今回は、上野誠先生の《『万葉集』と律令社会~官僚の心得と歌宴》講義を紹介します。

さて、奈良時代の「貴族」の生活はどのようなものだったのか。皆さまどのようなイメージを持たれるでしょうか。

実はそれを知るためにも、とても参考になるのが『万葉集』なのです。

『万葉集』に掲載された歌の数々。これは日々の暮らしの折々に詠まれたものです。

上野誠先生は別の講義で、「当時の歌は、折々の感情や思い出を残すための装置であり、また、情景や感情を伝えるコミュニケーションツールでもあった。つまり、現代のSNSと似た機能を果たすものだった」とおっしゃいます。

そう思って『万葉集』をひもとくと、実は、奈良時代の貴族と地方豪族の日常やその関係性も鮮やかに現代によみがえってくるのです。

そして知れば知るほど、「日本社会は、奈良時代も現代も、あまり変わらないのだなあ」という感慨もわきあがってきます。なんとなくホッとするというか、昔も今も変わらぬ「人間にとって大切なこと」が見えてくるというか……。

今回取り上げるのは、奈良時代を代表する有名な歌人であり『万葉集』の成立にも深く関わった大伴家持(おおともの やかもち)などの歌ですが、さて、そこから見えてくるのは、どのような奈良時代の日常風景なのでしょうか?

◆上野誠先生:『万葉集』と律令社会~官僚の心得と歌宴(全4話)
(1)国守・大伴家持と地方社会の日常
『万葉集』でわかる奈良時代の貴族と地方豪族の関係と日常…歌人・大伴家持の歌に秘められた国守時代の苦労話
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さて、大伴家持は名門貴族・大伴氏出身の貴族であり、自身も746年~751年まで越中国(現在の富山県)の国守を務めていました。大伴家持は718年の生まれですので、二十代の終わりから三十代のはじめまでを「越中守」として過ごしたことになります。

大伴家持の歌は『万葉集』に473首載せられていますが、そのうち220余首が越中国在任中の歌だったとされます。

では、どのような歌だったのか?

たとえば、上野先生は次の歌をご紹介くださいます。

《しなざかる 越の君らと かくしこそ 柳かづらき 楽しく遊ばめ》(『万葉集』巻十八の4071)

この歌について、上野先生はこう解釈されます。

《「しなざかる」は越にかかる枕言葉で、越のあなた方と、「かくしこそ」は、このように柳を髪に挿して、柳をまた丸めて頭の上に置いて、また「楽しく遊びたいもんですな」と言っているわけです。

地方有力者で地方役人である「郡司」の子弟がこの宴に集っている中で大伴家持は「ああ、ここに集まってくださっている、その地域地域を治めている郡司さんたちと、今日はその柳をまとめてみんなで頭の上に乗せて宴会をやったけど、こういう宴会がいいな。こういう宴会が楽しいですな。皆さんとお会いできたのが1番です」と》

都から派遣された官僚である「国司」には「守(かみ)・介(すけ)・掾(じょう)・目(さかん)」などの役職があって、「国守」が責任者、つまり現在でいうところの「知事」に当たります。

しかし地元には古くからの有力豪族たちがいて、彼らは「郡司」に任命されていました。

中央から派遣された「国司」たちは、きちんと徴税したり、国分寺を整備したりなど、いろいろなことをその地方で行なっていくわけです。しかし当然、自分たちだけの力でできるわけではありません。元々の地元有力者である郡司たちに動いてもらわなければならない。

そこで折にふれて宴を開いたりして、交流を深めていくのです。実はそこで、ある意味では「その場の記念」的な意味も込めて詠まれた歌が、上掲のもの。つまり、「県知事の挨拶」なのです。

この歌を味わえばわかるとおり、この歌は、ある意味では地元有力者への「ああ、楽しかったですねえ」という「気遣い」の歌でもあるわけです。

また、大伴家持はこんな歌も詠んでいます。これは現在の珠洲市(能登半島の最北端)を視察で訪れたときに詠んだものです。

《珠洲(すず)の海に 朝開きして 漕ぎ来れば 長浜の浦に 月照りにけり》(『万葉集』巻十七の4029)

上野先生は、こう解釈されます。

《朝一番に船を出して、そして漕いでやってくると、長浜の浦まで来たら、ああ美しい月が照っているではないか》

そして、この歌はこういうものだと続けます。

《(国守として、何らかの仕事をお願いして)「皆さん、頼んでしまって申し訳ないけれどもよろしくお願いします」というときはどうするかというと、その土地の「美しい」といわれている場所を褒める歌などを作るわけです。「ここはきれいですね」というようなことを言うと、その土地を褒められたら嬉しくなりますよね。そのようにして、気を遣い、気を遣い、視察の旅をしているのです》

一方で、地元の人たちも歌を送るわけです。

たとえば上野先生は、大原今城(大掾大原真人今城)が上総国(千葉県中部)の朝集使(中央へ派遣される使者)として都に向かうときに、郡司の妻女が詠んだ2首を紹介くださり、次のように解説されます。

《足柄の 八重山越えて いましなば 誰をか君と 見つつ偲はむ》(『万葉集』巻二十の4440)

《「あのね、あなた足柄山越えてね、平城京行くでしょう。あなたが行ってしまったら、誰をあなたの代わり見ながら偲んでいけばいいのでしょうか」》

《立ちしなふ 君が姿を 忘れずは 世の限りにや 恋ひ渡りなむ》(『万葉集』巻二十の4441)

《「立ちしなふ」というのは、立ち姿がよい、かっこいいというわけです。「君が姿を忘れずは 世の限りにや」は、もう世の終わりまで、「恋ひ渡りなむ」は、恋し続けていくでありましょう。「あなた様のことをそれだけお慕い申し上げますよ」というように歌うわけです》

この歌を「郡司の妻たちと淫らな関係を予想させる」などと読んではいけないと、上野先生は強調されます。これは別れの宴で、列席した地方有力者の妻女から贈られた媚態攻撃の歌であり、このような歌をもらって周りの人たちから「おいおいお前、色っぽい歌もらったな」などと囃されるのだと……。

そう聞くと、一気に時を越えて、奈良時代の宴の席を垣間見るようです。そして、日本人は今も昔も変わらないなあと、しみじみ思うのです。

このほかにも、いろいろな歌や当時の地方社会の姿をお話しいただいております。奈良時代の日本が、とても身近になると同時に、日本社会で「1200年を経ても変わらない大切なこと」を知ることができる講義です。ぜひご覧ください。


(※アドレス再掲)
◆上野誠先生:『万葉集』と律令社会~官僚の心得と歌宴(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=6383&referer=push_mm_rcm2


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