編集長が語る!講義の見どころ
少子化問題を「進化生物学」から考える/長谷川眞理子先生(テンミニッツTVメルマガ)
2021/02/23
いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上です。
ある先生が、「現在の日本は『孫自慢』ができない社会だ」とおっしゃっていました。孫がいても不思議ではない年齢の人と話す場合であっても、相手の子供が結婚しているかどうか、わからない。しかも結婚していたとしても、子供がいるかどうか、わからない。ちょっとした集まりで孫の話題になったとき、実際に孫がいたのは、その先生1人だった……。たしかにいまの日本では、そういうことも珍しくないでしょう。
50歳までで結婚したことがない生涯未婚率は、2015年の国勢調査で、男性24.2%、女性は14.9%です。さらに結婚していたとしても、不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は全体で18.2%に上るといいます(2015年の第15回出生動向基本調査)。
その一方で、児童虐待の悲しいニュースも数多く報じられます。人工妊娠中絶も、減ってきたとはいえ、2018年の数字で16万件あります(ちなみに1955年には117万件の届け出がありました)。
なぜ、少子化が進むのか。安心して子どもを産み、育てられる社会にしていくために何が必要なのか。真剣にそれらのことを考えていく必要があることは、いうまでもありません。
本日ご紹介するのは、進化生物学の長谷川眞理子先生(総合研究大学院大学長)にこの問題を論じていただいた講義です。長谷川先生の講義は、「生物たちの子殺し」というショッキングなテーマから説き起こされます。
◆長谷川眞理子:進化生物学から見た少子化問題(全5話)
(1)近代以前の嬰児殺
進化生物学から見る「母親の子殺し」
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=1619&referer=push_mm_rcm1
生物界に見られる「子殺し」。多い例は、群れを乗っ取った新たなオスが、以前のオスが残した子どもたちを殺してしまう例です。ライオンや猿などが例として挙げられますが、育児中のメスは発情しないので、前のオスの子どもを殺して自分の子どもを残そうとするのです。
また、例外的に、多数回繁殖することができる寿命の長い動物で、次の子育てのチャンスがまだ残されている場合には、子どもを捨てたり、流産したり、子殺しをするなどして、子育てをやめる例があるようです。
人間社会でも、かつて嬰児殺しは、「子育てのための物理的な資源がない」「身体的に弱く生き残れそうにない」「共同体が認めてくれそうにない」という3つを主たる理由として、ある程度広い範囲で見られたことでした。
もちろん現在では、そのような嬰児殺しは認められるものではありません。しかし、悲しいことに、現代社会において児童虐待やネグレクトなどが発生してしまう背景には、同じ理由が存在することも多いのです。子持ちの女性が新しい男性パートナーと暮らす場合に、虐待や殺害などが起きてしまうことは、その象徴的な事例といえるでしょう。
様々な事例やデータを元に、このようなことを示してきたうえで、長谷川先生は「倫理を金科玉条にして、虐待をする母親に『人権の意識がない』とか『母親のくせに』と言っていても問題は解決しません。ヒトは、資源がきちんとあって、周囲のサポートがあり、文化的なセーフティネットがある状況でなければ、なかなか子育てできない生き物なのです」とおっしゃいます。まさにその通りでしょう。
また、少子化についてはどうか。長谷川先生は、「避妊ができる現在、将来子どもを持つか持たないかは、完全に『子どもがいたらどうだろう』という空想上の判断になります」とおっしゃいます。とすると、自分自身の仕事の楽しさや生活の楽しさを差し置いて、子どもを持つ楽しさを積極的に選ぶ判断がどれほどできるのでしょうか。それについて、長谷川先生はこう指摘されます。
「私は、おそらく人間にはそのような判断を上手に行う脳の機能はないと思います。なぜなら、子どもは本来『できてしまうもの』で、できてしまった後で自然と愛情、愛着のスイッチが入るようにできているものだからです。子どもがいない時点で、将来子どもができたらどう楽しいのか、どのようにコストがかかるのか、どのような良いことがあるのかを直観的に理解し決断する能力は備わっていないのです」
なるほど、人間を「生物」として見た場合には、たしかにそうかもしれません。そして実際に、多くの先進諸国で起きていることでしょう。では、どうすればいいのか……。
あえて生物学的に見ていくことで、様々な本質が透けて見えてきます。この少子化問題を考えるに当たって、ぜひとも視聴しておくべき講義です。
(※アドレス再掲)
◆長谷川眞理子:進化生物学から見た少子化問題(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=1619&referer=push_mm_rcm2
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☆今週のひと言メッセージ
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「皆さんが幸せに感じると、周りに幸せがうつっていく」
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3533&referer=push_mm_hitokoto
幸せも不幸せも伝染する――幸せの輪を広げて世界平和へ
前野隆司(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)
最後に、「幸せの輪を広げましょう」ということで、イェール大学のニコラス・クリスタキス教授の話をします。クリスタキス氏は幸せの伝染について研究していますが、皆さんが幸せに感じると、周りに幸せがうつっていくということです。
実は不幸せやうつもうつります。皆さんがうつだと、周りの人も元気がなくなります。私にもうつの部下がいましたが、「元気か、大丈夫か」と声をかけていると、こちらも気分が下がってきます。つまり、不幸な心の状態も伝染してしまうのです。幸せも同様です。
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今週の人気講義
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渋沢栄一が近代日本に与えた二つの大きな影響
童門冬二(作家)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3868&referer=push_mm_rank
天台宗の開祖・最澄が残した最大の成果は「大乗戒」の確立
頼住光子(東京大学大学院人文社会系研究科・文学部倫理学研究室教授)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3807&referer=push_mm_rank
MRJの失敗にみる「日本のものづくり」の問題点
柳川範之(東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3821&referer=push_mm_rank
日本が目指すべきビジネスモデルはどこにあるのか
橋爪大三郎(社会学者/東京工業大学名誉教授/大学院大学至善館教授)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3819&referer=push_mm_rank
期待の構造を知って自分なりの距離感をつかんでおく
為末大(一般社団法人アスリートソサエティ代表理事/元陸上選手)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3850&referer=push_mm_rank
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編集後記
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編集部の加藤です。今回のメルマガ、いかがでしたか。
さて個人的な話で恐縮ですが、最近、『ことばの危機 大学入試改革・教育政策を問う』 (集英社新書)という本を読み始めています。
この本は東京大学教授5名による共著で、納富信留先生(東京大学大学院人文社会系研究科教授)も著者のひとりとして貴重なお話をされています。少々長いですが、その一部を引用させていただきます。
「ことばがコミュニケーションのツールだと見なされると、できるだけ手間をかけずに、正確に目的を達成できれば、それだけ望ましいことになります。費用対効果としては、学習に費やされる時間や労力と、それがもたらす仕事の量と質との関係が問われるのです。見慣れない文字や複雑な文法など新たに学ばなくても、小学校から学んできたアルファベットや英語だけ使えれば、世界中で通用すると思われてしまいます。わざわざ難しい言語にチャレンジする必要はない、ということです。英語の教育で「実用的」であることばかりが求められていますが、その背景にはこのような誤解があると、私は考えています。
(中略)
この発想を突き詰めていくと、その果ては、情報だけが欲しい、つまりことばという面倒なツールを使わなくても成果だけ確保すれば良いということになりませんか。
(中略)
ここで生じる最大の問題は、ことばを大切にしないことで、おそらく人権や民主主義や自由といった、私たちが長い間ことばを通じて培ってきた価値について、非常に大切な部分が決定的に損なわれる危険があることです。」
とても厳しいことをおっしゃっていますが、これは「ことばのあり方」についてのお話で、もちろん先生は「ことばはツールではない」と全面否定しているわけではなく、以上のような流れになっていくことを危惧されて出されたお話です。
このお話を読んだ時、これは決して他人事ではないと思いました。教養メディアであるテンミニッツTVにとって、「ことば」はとても大事ですし、情報という意味ではことば次第で受け取り方も変わってきます。納富先生から非常に重要な示唆を頂いたと感じた次第です。
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