●ダーウィンが説明しなかった「性淘汰」の理由
いろいろな動物を見ると、雄の方が確かに死にやすいです。雄の集団と雌の集団を比べると、0歳、1歳、2歳と、どの年齢をとっても、基本的に雄の方が死にやすいのです。そして結局、寿命も雄の方が短いことが多い。
それは、人間でもそうです。最近は、皆が長生きをして死亡率も相当低くなっていますが、相変わらず女性の死亡率の方が低いので、女性は平均寿命が長く、最後まで余命が長いという状況になっています。
そのような中で考えられるのは、繁殖のチャンスをめぐる競争のあり方が違うのではないか、つまり配偶相手の獲得をどうするかについて、雄と雌のやり方が異なるのではないかということです。確かにたくさんの動物を見ると、雄同士の競争は激しいし、雌の選り好みもあるでしょう。
しかし、そもそもなぜそうなのでしょう。そのことについて、ダーウィンは答えませんでした。前回お話ししたように、時々雌雄で形質や行動が逆転している動物もいますが、それがどうして起こるのかについて、彼は言わなかったのです。
●小さい配偶子をつくる個体を雄、大きい配偶子をつくる個体を雌と呼ぶ
どうして一般的に雄の競争の方が雌の競争よりも強く激しく、一部では逆転しているのかという疑問に対して、現代の進化生物学では、卵と精子という配偶子の数と大きさに違いがあることに根本があると理論化されています。
そもそも雄とは何でしょう。雌とは何でしょう。卵と精子はいずれも次世代をつくる配偶子で、両方とも持っている遺伝子は同量なのに、大きさには違いがあります。雄の精子は小さくて、雌の卵は大きい。それは、栄養がついているかいないかの違いで大きさが異なっているのです。
小さい方の配偶子を精子と呼び、大きい方の配偶子を卵と呼びます。そして、小さい配偶子をつくる個体を雄と呼び、大きい配偶子をつくる個体を雌と呼びます。
ここを、よく逆転して考えている方がいます。そもそも最初から雄がいて、それが精子をつくり、雌がいて、それが卵を産むと思っている人が多いのです。しかし、定義からすると逆で、小さい配偶子を生産する個体を雄と呼び、大きい配偶子を生産する個体を雌と呼ぶのです。
●配偶子の生産コストが雌雄のアンバランスを生む
栄養をたくさんつけた大きな卵はつくりにくい。そのため、コストを考えると、同じエネルギーと時間をかけたときに、精子はたくさんできますが、卵は少ししかできません。
雄と雌で卵と精子の数は違っていますが、受精するには両方とも1個ずつでいいので、基本的に小さい配偶子は大量に余ることになります。卵は余るどころか不足しているので、全ての精子が全ての卵に行き着けるわけではありません。
しかも、雄と雌の個体数が大体同じだとすれば、例えば50匹いる雌が少ない数の卵を出し、同様に50匹いる雄が大量の精子を出してくる。そのため、ほとんどの精子が受精に行き着かないという事態が起こります。雌雄の間には、このアンバランスが基本的に存在するのです。
雌というのは、自分の卵がどれだけちゃんと子どもになるか、それ次第で生涯につくる子どもの数が決まります。自分が卵をちゃんと出して受精し、育てた子どもが生き残れば、子どもは残せるのです。一方、雄はというと、精子は山のようにあるので、次から次へと別の雌を獲得することができれば、どんどん受精していき、どんどん残す子どもの数を増やすことができるということが、潜在的な可能性としてあるのです。
●ベイトマンの実験が雌雄の交尾の意味を確認
そのような実験をしたのがA. J. ベイトマンという人で、1948年にショウジョウバエによる実験でそれを確かめました。
雌は、周囲にどれほど雄がいて、どれほど精子をもらったとしても、子どもの数は自分の卵の数で決まります。だから、自分が残す子どもの数には、何匹と交尾したかは関係がありません。
しかし、雄は次々に雌を取り替えて獲得し受精をしていけば、精子は山のように持っているので、獲得した交尾数に比例して残す子どもを増やすことができます。ということは、それほどラッキーな雄、雌をどんどん獲得できる雄ばかりではないのだから、雄同士の競争は非常に激しくなるということになります。使われなかった精子がたくさんあるということです。
この数と大きさのアンバランスが、非常に基本的な違いになります。栄養をつけているかつけていないかによる大きさの違いがあるために、つくる配偶子の数に違いができるが、受精には1個ずつでいい。大量に余る精子をつくる雄、足りないほど数は少ないけれど卵をつくる雌が同じ頭数であれば、繁殖競争の状況は非常に違うものになってくるでしょう。