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IoTやAIへの期待と懸念を経済学の視点で考える

IoT・AIが社会を変える―企業が生き残るための転換点

伊藤元重
東京大学名誉教授
情報・テキスト
東京大学名誉教授で学習院大学国際社会科学部教授・伊藤元重氏が、経済学者の視点から社会変化と技術革新について論じる。アメリカ経済も日本経済も、技術の停滞に伴う低成長に長いこと苦しんできたが、ようやくAIやIoTなどの技術革新が、社会にも経済にも変化をもたらし始めた。この変化のとき、企業が生き残るために必要なことは何なのか?
≪全文≫

●経済学者が考える社会変化と新技術


 今、世の中でAI(人工知能)と呼ばれているもの、あるいはIoT(これは「モノのインターネット」と訳すことがある)、またビッグデータやクラウドコンピューティング、ロボット・テクノロジー、こういったいろいろな新しい情報、あるいは情報通信に関わる技術が世の中を変えていくという大きな議論があります。これは非常に重要なことだろうと思います。

 こういう技術がどんどんと出てくることによって、社会がどう変わってくるのか。このことについて議論を進めていかなければいけないのですが、私は技術の専門家ではありませんので、経済学者から見たときにこの議論をどのように社会の中で考えたらいいか、その視点を一つ提供してみたいと思います。


●TFPが物語るアメリカの「黄金の100年」


 アメリカのノースウェスタン大学にロバート・ゴードンという大変に有名な経済学者がいます。少し前に出されたゴードン氏の本が大変よく売れていて、一般の人もよく読んでいるらしいのですが、この本には「黄金100年」といわれている1880年頃から1980年頃のアメリカの経済の実体について、非常に面白い話がたくさん出てきます。例えば、1907年にT型フォードという自動車の開発が開始され、20年後の1927年には全米の家庭に車が普及するほど、アメリカ社会を変えていったのです。

 では、T型フォードが出てくる20、30年前はどうだったかというと、詳しい数字は忘れましたが、ニューヨークでは馬に蹴られて死ぬ人が一週間に5人も10人もいるということが当たり前でした。どういうことかというと、ニューヨーク市内で主たる交通手段は馬車や馬で、5人に1頭くらいの割合で馬を利用していたということです。事ほどさように、交通手段が馬から自動車に変わることによって、社会も非常に大きく変わっている、とゴードン氏は本の中で語っているのです。

 ここから電力の普及や、大きな船舶や飛行機が広まるとか、あるいは情報通信が世界中で使えるようになるとか、いろいろなことが続きます。結局1880年から1980年の100年間、アメリカは非常に大きな成長を遂げたのですが、その成長の原動力をトライアルしようとして、経済学者がTFP(Total Factor Productivity、全要素生産性)と呼ぶところのものが非常に高かった、ということを、彼は結論として言っているのです。 TFPとは、要するに経済成長の中で技術革新や産業構造の変化のようなもので説明できる部分のことを指します。これが高いと、資本や労働はそれほど増えなくても成長は続くということになります。


●技術の停滞が経済の低成長の要因-AI、IoTにかかる期待


 アメリカにとって非常に不幸だったのは、1980年、今から35~36年前を境にして、このTFPが非常に低い状態になり、これが現在まで継続して続いてきているということです。つまり、この30年以上、アメリカは技術的に見れば停滞状態にあり、これがアメリカ経済の成長を非常に抑え込んでいるということです。簡単にいうと、かつての自動車や電話、あるいは電力、大型船舶、その他もろもろの経済を成長させるような強力な技術革新、イノベーションが、この30年間あまり出てこなかったということです。もちろん、インターネットやパソコンといったものは広がってきましたし、こういうものは大事ではあるのですが、かつてのイノベーションに比べると経済を成長させる力はそれほど強くなかった、ということだと思います。

 日本もそれから10年遅れて、1990年以降ずっと、TFPが非常に低い状態が続いています。これまで多くの議論では、これは90年頃から始まったバブル崩壊、90年代後半の金融危機、その後のデフレという需要要因のせいで、どちらかというと需要が非常に弱いから日本の経済成長は低かったのだという議論が中心でした。この議論が間違っているとは言いませんが、冷静に考えてみたらアメリカで起こったことが日本で10年遅れて起こっただけだという方が、分かりやすい面もあります。要するに、経済をガンガン成長させるような技術革新や生産革新が、日本の経済を見てもなかなか見えてこなかったということです。欧州もまた、似たような状況です。

 こういう状況がずっと続くと、例えば10年後には、日本はこの期間を「失われた30年」と呼んでいるかもしれませんし、それが20年続けば「失われた40年」と呼ぶことになるかもしれません。そうすると、日本は非常に悲観的な姿になるのですが、冒頭で申しましたようにAIやIoT、その他もろもろの技術革新が出てきて、20年30年かかってもまた新たな技術が社会を引っ張るようになるかもしれないと、皆、少し考え始めているのです。


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