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動物の権利の問題性と倫理を語る上での新しい考え方

東大ハチ公物語―人と犬の関係(4)動物目線の語り方

一ノ瀬正樹
東京大学大学院人文社会系研究科 教授
情報・テキスト
『注文の多い料理店』(宮沢賢治/著、新潮文庫刊)
動物実験には「3R」がある。1959年に提唱された世界的な基準理念で「削減(できる限り減らす)・改善(できる限り苦痛を与えない)・代替(できる限り別の方法をとる)」を原則としている。そのような流れの中、「動物の権利」や倫理の語り方について、東京大学大学院人文社会系研究科・一ノ瀬正樹氏は、新しい方法を提言する。(全5話中第4話)
時間:13:19
収録日:2017/04/04
追加日:2017/06/16
≪全文≫

●「動物の権利」と動物実験の「3R」


 「動物の権利(animal rights)」という概念には多様な問題性があります。一つは、動物の虐待に倫理的問題性がないとは極めて言いにくいこと。それから、動物実験についての「3R」=Reduction、Refinement、Replacementが広く認められていることです。動物実験に肯定的な方々でも、「3R」は必ず掲げています。

 Reduction(削減)は、動物実験の数を減らし、不必要な動物実験をしないようにしよう、ということ。今はどうか知りませんが、私が中学生の頃はカエルの解剖を行いました。カエルのお腹を切って、中身のなくなったカエルが水槽の中に浮いているような実験です。あれが本当に必要なのかというと、カエルの内臓の様子はもう分かっていて、人間の知識の中に蓄積されているわけです。だから、不必要な殺生である。ああいうことはしないようにしようという考え方です。

 それからRefinement(改善)。これは洗練化していこうということで、できるだけ苦しみを与えないような動物実験を考えていきます。

 それからReplacement(代替)。これは動物実験の代わりになるやり方があるならば、わざわざ生きた動物を使わないで、そちらを使いましょうということです。

 以上の3Rが、今は広く認められています。


●動物虐待は、その人の犯罪傾向を示唆する


 さらに、動物虐待がその人の犯罪傾向を示唆する点も見逃すことができません。

 子どもには残酷な面があります。大人同士の関係では普通指摘しないようなことを、ズバッと急に指摘してしまうようなところがあります。それは動物に対しての行為もそうで、トンボの羽をむしったり、カエルの足をちぎったりするようなことを、案外やってのけます。私も思い当たる節が全くないとはいえず、少年に特有の行動といえるでしょう。問題は、成人してからもそういうことをやる方がまれにいるところです。

 もう死刑囚として処刑されてしまった方なので実名を挙げると、宅間守という人がいました。小学校に乱入して子どもたちを何人も殺傷してしまい、死刑判決を受けて速やかに処刑されてしまった人物です。彼が成人してからも動物虐待を行っていたという情報が、処刑後に流れました。

 動物虐待と犯罪傾向は、非常にパラレルな関係にある。その事実は見逃しがたいわけです。


●「動物の倫理」を語る三つの立場


 動物の倫理を語るときに、大きく分けると「動物福祉」と「動物権利論」、「動物解放論」などの立場があります。

 動物福祉は、要するに先ほどの「3R」のようなものを考慮する立場です。非常に柔軟で実現可能性の高い立場で、動物実験も一定程度やっていいし、肉食も一定程度は認めます。ただ、動物をあまり不必要に苦しめることはやめようというのが、動物福祉の立場です。

 それに対して、「動物解放論」や「動物権利論」は違います。一番過激なのが動物権利論です。動物にも権利がある。だから殺さないようにしよう。だから肉食はやめよう。そういう立場が動物権利論です。

 この動物権利論にはいろいろな問題性がありますが、だからといって、動物権利論や動物解放論、あるいは動物福祉論が問題にしているようなポイントが成り立たないとは到底言えません。彼らが指摘している問題点自体は見逃しがたい事実として現に存在するわけです。

 とりわけ、動物への対応が、ひるがえって、人間社会での行為傾向につながること(先の動物虐待と犯罪傾向は、その例)は、「補償モデル」を強く動機づけることになります。例えばカントという哲学者は、「動物への残酷性は、人間に対する無感覚を含意する」と言っています。動物虐待が、その人の、人間として道徳的とは言えないあり方を含意すると言っているわけです。


●「補償モデル」から見た『ハチ公物語』は?


 このような「補償モデル」は、「動物倫理」の文脈では標準的見解といえるでしょう。ただし、肉食の問題にそれを適用することは、とりわけ日本ではなかなか過激な立場を導いてきます。

 しかし、欧米の、特に哲学・倫理系の人の間では、「肉食をしない」人口は非常に多くなっています。私が英国オックスフォード大学にいた頃、ほとんどのカレッジでは「基本的に肉を食べない」方が標準でした。ダイニングルームに行くと、肉のない食事がずらりと並べてあって、「肉を食べる人のための食事」は端っこに少しだけ用意されていたものです。

 今のところ、日本ではなかなかそこまでは至っていません。「魚はどうする?」という問題もあり、そのあたりから日本ではなかなか過激な立場を導くだろうと思っています。

 この「補償モデル」に立脚した場合、ハチ公の上野博士への行動は、私たちに犬というものに対して補償をする義務感を強く感じさせる象徴的シーンと...
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