●担当者と経営者の違いは、スキルとセンスの違い
私は競争の戦略という分野で研究をしています。世の中は厳しいもので、こういった研究をしていると、大方の人から日々「金を返せ」という感想を頂きます。私のように実際に商売をしていない人間が、いろいろと生意気なことを言っているからということもあります。
一番多い苦情は、「話は分かるけれども、全く実用性がない」というものです。私の本を読んでも、どうすれば優れた戦略をつくることができるのか書いていないというわけです。こうした感想にもちゃんと返事を差し上げることにしています。「あきらめが肝心です」と。
どういうことかお話しします。結局、担当者と経営者は全く違う存在であるにもかかわらず、2つを混同するところからさまざまな悲劇と喜劇が生まれてくるのです。
経営者といっても、何も社長や役員といったタイトル(肩書)のことではありません。むしろ、「商売の塊を丸ごと動かす人」のことを、経営者や経営人材と呼ぶことにしています。自分でどうやって稼ぐか考えて、物事を動かしていく人のことです。
当たり前のことですが、担当がないのが経営という仕事です。定義からして、経営者は担当者とは違うわけです。
担当者と経営者の違いは、スキルとセンスの違いに還元できるでしょう。非常に単純な話です。あなたの仕事はここからここまでです、KPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)はこれです、いつまでに達成してください、と言われたとしましょう。担当者であれば担当分野のスキルが物を言うでしょう。ところが、商売を丸ごと動かす経営者になると、センスとしか言いようのない世界に入っていきます。
スキルとは、例えば国語・算数・理科・社会といった教科です。他方、「女にモテる」というのはセンスの問題です。要するに、担当者と経営者はここが違うのです。モテない人は何かのスキルが不足しているからモテないのではありません。向いていないだけなのです。
●センスを育てる方法はない
まずスキルとセンスは、ベクトルが逆向きです。スキルは全体が部分に分かれて初めて出てくるものです。つまり、ファイナンスのスキルや会計のスキルといった、まるで会社の部門の名前になっているようなスキルセットがたくさんあります。
英語ができるのもスキルです。プレゼンテーションのスキルもあります。スキルは分解ベクトルを持っています。例えば、会計のスキルといっても財務会計や管理会計のスキルに分かれますし、財務会計のスキルといっても、オーディットのスキルやフィナンシャルレポーティングのスキルといった具合に分かれます。つまり、スキルは分業の考え方と非常に折り合いがいいものです。
それに対して、センスはベクトルが逆で、常に全体へとさかのぼっていきます。分かりやすい例として、洋服のセンスを考えましょう。センスがあるという場合、靴下が最高だとかネクタイの結び目が最高だといったことではありません。全体を見て、センスの良し悪しが決まります。
またスキルであれば、TOEICが850点あると英語ができるというように、見せたり示したり測ることができます。ところがセンスは、そう簡単には示せません。「私には商売センスがあります」と言う人ほど信用できませんね。英語のスキルであれば、TOEICが350点だと、もっと英語を勉強するかということになりますが、洋服のセンスがない人はずっとないままです。センスにはフィードバックがかかりにくいのです。
ここから決定的な違いが生まれます。スキルであれば、教科書や学校、研修、OJT (On the Job Training)、Off-JT(Off the Job Training)などを通して、育てる方法があります。ところが、センスを育てる方法はありません。この意味でスキルは育てられるとしても、センスは育てられないものだと思います。
また、英語が典型的ですが、スキルは実践すると必ず前よりも良くなります。スキルにおいて大切なのは、努力の投入・継続・正しい方法の選択です。他方、センスが厄介なのは、センスのない人が頑張るとますますひどくなる場合があることです。洋服のセンスがない人が100万円を持ってデパートに行くと、大抵ひどいことになるでしょう。
また、スキルはそれに対価を払って労働市場から持ってくることができますが、センスは余人をもって代えがたいということになります。
●センスとスキルを混同してはいけない
このようにスキルとセンスは相当違うものですが、会社の中、特に人事部では、とにかくスキルを手に入れるという方向に向かいがちです。つまり、「スキル優先、センス劣後」という傾向に陥ってしまうのです。