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「学び」とは、入り口がどこにでもあるもの

学びとは何か~哲学の入口と自分の発見~

貫成人
専修大学文学部教授/文学博士
情報・テキスト
学びとは結局、何を意味するのか。専修大学文学部教授・貫成人氏はソクラテスから始まった哲学のエッセンスから、学びが常に身の回りにあること、それが新しい自分の発見につながることを論じる。
時間:05:10
収録日:2018/02/09
追加日:2018/05/01
≪全文≫

●哲学の入口はどこにでもある


 「学びとは何か」についてお話しします。本編の「西洋哲学史の10人」シリーズでもお話ししましたが、哲学はソクラテスが知識や勇気など、身近なことや誰でも経験するようなことについて改めて問いを立てていくことから始まりました。私は、自分が働いている大学の講義やゼミ、あるいは卒業論文の指導などでも常に話していますが、哲学の入口は結局、そうしたソクラテスの話のように、どこにでもあると思います。

 例えば私のゼミの場合、もし学生が漫画好きであれば漫画について、ロック音楽が好きであればロック音楽について、あるいは漫才が好きなであれば漫才について材料を集め、いろんなことを調べたりして、いろいろと考えを練り上げていきます。それによって、漫画の場合であれば「アートとは何か」、ロックの場合であれば「音楽とは何か」、漫才であれば「そもそも笑いとは何か」といった、哲学的な次元まで考えを高めたり深めたりしながら、卒業論文を書いています。


●自分のことを掘り下げるのが重要だ


 もちろん、それをするためにはいろいろと調べなければなりません。しかし、基本的にはまず自分のこと、自分の生きている場所を掘り下げ、自分のやりたいことなどを考えることが重要です。これはやはり人間誰でもやっていて楽しいことになりますが、問題はそれをどうやって生かしていくかということです。逆にいえば、そのようにやっていけば、どんなことでも哲学の入口になるということです。

 例えば、漫画の話を考えていくと、やがてどこかで「そもそも芸術とは何か」ということについて調べるため、美学のさまざまな著作を読まなければなりません。それは自分の関心から出てくる学びなので、非常により深く、より身近に学ぶことができます。そして、それを身に付ければ、それを「てこ」にして自分の考えをさらに深めたり、高めたりしながら、全然考えてもいなかった方向に進めていくということができます。むしろこれまでそれが現にできていたのです。

 このようにやっていけば、自分が何を考えていたのか、自分はどういう人間なのかということを発見することができるかもしれません。あるいは漫画など、普段人が当たり前のように見ているものについて、今まで誰も気が付かなかったことを発見することもできます。


●哲学者の書物は自分の議論を鍛えるためのツールである


 学びの入口は結局、どこにでもあるということです。ですから、哲学は昔の遠い国の人が書いた本の中にあるのではなく、身の回りにあるのです。つまり、どこにでも哲学の種はあるので、考え方や物の見方さえ身に付ければ、24時間365日哲学ができます。そうすれば、むしろそれをやってしまっているという状況にすらなると思います。

 ただし、それを無手勝流でやるのはなかなか難しいので、その過程においては、例えば漫画を学ぶ学生が美学の本を読むように、自分の議論を鍛えていく、考えていくための武器やツールとして、昔の哲学者が書いたものを使っていくことは必要です。むしろそうすることが望ましく、その方が実りは多いのです。学びとは、やがて自分を発見し、現実の身の回りの在り方を発見する、そのための過程であるといえるのではないかと思います。
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