テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
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DATE/ 2016.04.18

第4回 黒ホッカおじさん

 美子ちゃんに、子猫の名前をネズミにするよと言うと「え~っ」と言います。「ネズミは可哀想じゃない? ネズミのミは美しいの美にしてよ」と言うので、「ネズミ」じゃなく「ねず美」になりました。呼び方は同じなのでこだわることはないのですが、美子ちゃんは猫も人と同じような感情を持っていると思っているので、「ネズミ」より「ねず美」のほうが猫も喜ぶと思っているのでしょう。

 美子ちゃんは、世田谷の桜丘という住宅地で子供時代を過ごしたのですが、2、3歳のころチーコというノラ猫がいつも家に来ていて、その猫に寝かしつけられたり、遊んでもらったりしていたそうです。まるで乳母のような猫だったと、美子ちゃんは言います。美子ちゃんが猫に特別な思いがあるのは、そういう思い出があるからです。あと、うちに子供がいないってこともあるのかな。

 ねず美ちゃんを獣医さんに連れて行ったとき、「猫エイズや交通事故が多いですから、最近はみなさん家の中で飼ってますよ」と言われたので、ねず美ちゃんを外に出さないことにしていました。

 うちの中といっても、最初はリビングだけに制限していたのですが、美子ちゃんがそのうち「ねず美ちゃんは2階に行っても自分で下りれるよ」とか言うようになりました。「あれ? リビングだけじゃなかったの?」と言うと、糸井重里さんと池谷裕二さんの対談集『海馬』を読んだらしく、行動範囲を広げたほうが猫の海馬が育つとか言っています。「押し入れには入れないようにしようね」と言っていたのに、「入りたいのに入れないとストレスが溜まるから」と言って、押し入れやクローゼットを開けっ放しにするようになりました。

 テーブルには上がらせないようにしようと言っていたのに、食べ物がなければ上がってもいいということになり、障子は絶対破らせないようにしようと言っていたのに、もうボロボロになってしまいました。

もうボロボロ。

 ねず美ちゃんがうちに来てから、キューちゃんも顔デカも姿を現さなくなったのですが、今度は黒白のノラが現れるようになりました。かなり年老いた感じの温厚そうなオス猫で、黒いほっかむりをしたように見えるので、美子ちゃんが「黒ホッカ」と名づけました。黒ホッカおじさんです。

黒ホッカおじさんが来るようになりました。

 ねず美ちゃんは家の中だけではもの足らず、今度は外に興味を示すようになりました。ガラス戸から外をいつまでも見ているときがあります。「外に出たいんだね」と美子ちゃんが言うのですが、外に出すのは大変です。出たっきり帰って来なくなることがあるかもしれないし、うちの前の通りは車があまり通らないのですが、それでも交通事故が心配です。それに、キューちゃん、顔デカ、黒ホッカ以外にもノラがいそうで、猫エイズが心配です。

 でも外にも出してあげたいので、天気のいい日にねず美ちゃんをケージに入れて、ひなたぼっこさせました。そしたら黒ホッカがどこからともなく現れ、ケージの横に座っているではありませんか。

ねず美ちゃんは黒ホッカおじさんに興味津々。

 美子ちゃんが、「黒ホッカはねず美ちゃんに、外は楽しいぞって誘ってるんじゃないかなぁ」と言います。そう思って見ると、ねず美ちゃんは興味津々といった表情で黒ホッカを見ています。

「裏には広い畑もあるぞ。草や花がいっぱいあって虫もいるぞって、黒ホッカは言ってるんじゃない?」と、美子ちゃんは言います。そのうち、おそらく、ねず美ちゃんも外を走り回るようになるんだろうな。(つづく)

第1回 マキ・キュー

第2回 猫の駆け引き

第3回 ネズミのような猫

第4回 黒ホッカおじさん

第5回 騒々しい庭

第6回 猫に話しかける

第7回 チーコ物語

第8回 猫の乗っ取り

第9回 ねず美ちゃんの母性

第10回 猫の癒し