テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テキストサイズ
DATE/ 2016.05.16

第8回 猫の乗っ取り

 美子ちゃんの両親がねず美ちゃんを預かってくれるので、また美子ちゃんと旅行によく行くようになりました。

 美子ちゃんの両親が住んでいるマンションは、うちから歩いて10分ぐらいのところにあり、旅行に行く前日、キャリーバッグに入れたねず美ちゃんを、美子ちゃんが運転する車で連れて行きます。

 ねず美ちゃんはキャリーバッグの窓から、キョロキョロ外を見ていますが、暴れたりはしません。どこに連れて行かれるのか、もうわかっているのかもしれません。

 お父さんもお母さんも、ねず美ちゃんを預かることを楽しみにしてくれています。マンションの部屋は2階の角部屋で、緑に囲まれていて、3方向に窓がある風通しのいい部屋です。ねず美ちゃんはまだ小さいので、外に出たくなっても、階段を下りたり、ベランダから樹を伝って下りたりしないので安心です。

 美子ちゃんはねず美ちゃんを子どものように可愛がっているので、しばしの間だとしても、ねず美ちゃんと別れるのが寂しいようでした。奈良に行ったとき、興福寺の鹿の毛並みを見てねず美ちゃんを思い出したようで、鹿の写真ばかり撮っていました。

鹿の毛並みでねず美ちゃんを思い出す。

 しかし、預けられているねず美ちゃんは、僕らを思い出したりしてないはずです。あとでお父さんお母さんに聞いてみると、ねず美ちゃんは腹を見せて床をゴロゴロ転がったりしていたそうです。そういう甘え方はうちではしたことがありません。

 うちでは充分可愛がられているので、そういう奥の手を使う必要はないのです。しかし、人と場所が変われば、猫もいろいろ考えるのだと思います。この人たちの寵愛がなければ、自分のゴハンや寝床が確保できないと思うと、媚態技を小出しにしてくるのです。

 ポール・ギャリコの『猫語の教科書』という本があります。この本の表紙にはタイプライターを打つ猫の写真が使われています。全編猫が書いたという体裁を取っていて、猫の考えを知るうえで大変興味深い本です。

 この本によると、そもそも猫は人間に飼ってもらおうなんて考えていないそうです。人間の家を「乗っ取る」意気込みで、その家に入り込んでくると言うのです。

「乗っ取り」をたくらむ目つき。

 確かにねず美ちゃんが来てから、うちの雰囲気がガラッと変わりました。ねず美ちゃんが人間を惹きつける力は強力で、部屋にねず美ちゃんがいると無視はできません。ねず美ちゃんに目が行き、ねず美ちゃんの一挙一動を見守ることになります。つまり、ねず美ちゃんに支配されてしまったということです。『猫語の教科書』にはこう書いています。

――猫ならみんな、乗っ取り本能を持っていて、そのおかげで、私たち猫族は、たえず変化する歴史の中を何千年も変わることなく高い地位を保ちつづけてきたのです。(略)猫族の歴史をちょっとひもといてみるといいわ。たかだか五千年前のエジプトでは、私たちは神でした。

乗っ取り成功の満足顔のようにも見える。

 奈良から帰るとき、美子ちゃんがねず美ちゃんを心配して両親に電話したら、その声を察したねず美ちゃんは、自分からキャリーバッグに入っておとなしくしていたそうです。充分お父さんお母さんに可愛がってもらったから、何も媚びなくても可愛がってもらえる、ねず美ちゃんにとっては乗っ取り成功の家にそろそろ帰ろうと思っていたのでしょうか。

第1回 マキ・キュー

第2回 猫の駆け引き

第3回 ネズミのような猫

第4回 黒ホッカおじさん

第5回 騒々しい庭

第6回 猫に話しかける

第7回 チーコ物語

第8回 猫の乗っ取り

第9回 ねず美ちゃんの母性

第10回 猫の癒し