編集長が語る!講義の見どころ
『「甘え」の構造』への誤解?~現代日本の課題とは/與那覇潤先生【テンミニッツTV】
2023/05/30
いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です
いよいよ5月も月末になりました。あとひと月で、2023年の折り返し地点です。今年1年を充実したものとすべく、引き続き、がんばってまいりましょう。
さて本日は、與那覇潤先生(評論家)に、土居健郎さんの『「甘え」の構造』をテーマにお話しいただいた講義を紹介します。
『「甘え」の構造』は、ご存じの方も多いことでしょう。1971年に発刊され、累計で150万部のロングセラーとなっています。
しかし、與那覇先生は、あまりにベストセラーになってしまったために、この本のメッセージに関して、2つの誤解が広まってしまっているとおっしゃいます。
1つは、「『甘え』は日本人だけの特徴だ」という誤解。
2つ目は、「『甘え』は駄目なものだ」という誤解です。
しかし、「これは土居さんの本の読み方としても、また日本社会の捉え方としても妥当ではないのではないか」と與那覇先生は指摘されます。そして、それを典型的に示したのが、新型コロナウイルス禍ではなかったかというのです。
はたして、現時点で考えるべき「甘え」論とは、いかなるものなのか。名著に光を当てつつ、新しい方向性を打ち出してくださる、絶品講義です。
◆與那覇潤:『「甘え」の構造』と現代日本(全6話)
(1)「甘え」のインパクト
甘えは日本人だけ?名著『「甘え」の構造』への2つの誤解
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4949&referer=push_mm_rcm1
與那覇先生は第1話で、精神科医である土居健郎さんが、ある患者のイギリス人母親との会話から、「『甘え』は日本人にしかない概念かもしれない」と考えることになるエピソードをご紹介くださいます。
しかし、與那覇先生が続けて紹介されているように、土居さんは同時に、「本当に日本語にしかないのか、翻訳不可能なのかというと、そうでもない」ということも書いていました。その専門的な分析もしっかりと書いてあるのに、書名のインパクトから「誤解」が広がっていった……。そう與那覇先生は分析されます。
そして與那覇先生は、「甘えについての誤解」を示す一例として、コロナ禍の折に「感染してしまったのは自分が悪い」自分を責める人の割合が、世界の中で日本人が突出して高かったという統計分析を提示します。
日本人は、「しょうがないよね」とお互いに甘えあって許容しあうのではなくて、「自分が悪い」と自分を責めたり、「お前のせいだ、この危機の中で甘えは許さないぞ」という態度をとったりした。それは、なぜか。
このことを考えるときに、『「甘え」の構造』を先入観や誤解を排して読むと、さまざまなヒントが得られる。そう、與那覇先生はおっしゃるのです。
第2話から、與那覇先生の「深い読み」が次々に展開されます。
まず取り上げるのは、『「甘え」の構図』に書かれた土居さんのエピソード。海外留学していたときに、「Thank you」というべきときに、つい「I am sorry」といってしまった事例です。
日本人は、エレベーターなどでボタンを押して待ってくれた人にも、「スミマセン」といいます。それは「相手に迷惑をかけたのではないか」「本当は嫌がっているのではないか」と、ネガティブに相手のことを想像してしまうからではないか。
また日本では危機の折に、真っ先にトイレットペーパーの買い占めが起きます。これも、「(トイレという)嫌なことが、もっと嫌になってしまう」と、まずネガティブなことを想像してしまうからではないか。
実は土居さんは、『「甘え」の構造』で、「すまないと感じるならキリストに対して感じる。周りに対して感じる必要はないのだというのがキリスト教の思想の型」だと論じていました。
そのうえで、マルクス、ニーチェ、フロイトを挙げて、「こういうキリスト教圏から始まり近代社会に受け継がれた思想は空虚なスローガンではなかったかと、やっとヨーロッパ人も気づき始めている」と喝破していたのです。
この部分の議論の詳細は、ぜひ第2話をご参照いただければと思いますが、このことをご紹介くださったうえで與那覇先生は、次のように指摘されます。
《つまり、欧米人と日本人は違いますよということが書いてある点よりも、むしろ欧米こそが特殊であって日本人の方が非常にナチュラルな人間のあり方を示していたかもしれないのです》
そのうえで、與那覇先生はこうおっしゃるのです。
《各人が自由であることを前提に組み立てられた近代社会の仕組みが機能不全に陥っていくと、意外に日本人についての考察のほうが普遍的な人間についての考察に繋がるかもしれない。そういう視点で読み直したほうが、『「甘え」の構造』は有益な著作ではないか》
第3話では、「信頼関係と自立」について議論がなされます。與那覇先生はこう指摘されます。
《とにかく自分と対立はしていない他人というものが周りにいるときに、初めて人間というのは自立することができるわけなのです》
そして事例分析として、「ステイホーム」期間に起きたネットリンチブームについて言及されます。そのうえで、さらにこうおっしゃるのです。
《つまり、相手もある程度自分と同じだろうという意味での信頼感というか、基本的な想定のようなものがないと、人は他の人とコミュニケーションできないし、したがって社会の中で生きていくことができなくなってしまうわけなのです》
これも、まことに興味深いご指摘です。
さらに第4話では、山本七平が『日本教徒』(1976年)で展開した議論を引用します。日本人は、恩を返さない人はよくないと考える。その一方で、「恩を返せ」と恩を取り立てるのは、それ以上に悪いとされる……。
ここで與那覇先生が紹介するのが、土居さんが「遠慮」という概念で展開した「三重構造」の議論です。自分に一番近い同心円は「身内」。ここは、甘えてOKなので遠慮しなくていい人たちです。一番外側が、まったくの他人同士。だからここも遠慮をしなくていい。その中間が「お互いに、遠慮をしながら付き合う世界」です。
この議論を振り返りつつ、與那覇先生は「現代のSNS社会では、この中間の『お互いに遠慮しながら付き合う』領域が、急速にやせ細ってしまっているのではないか」と指摘します。
そして人間関係の「遠近法」がなくなってしまった世界の悲劇を、カミュの『異邦人』を事例に論じていきます。実は、土居さんは「カミュの『異邦人』というタイトルは、『他人』と訳されるべきではないか」と論じていました。その意味をあらためて問うていくのです。
続く第5話で議論されるのは、1971年当時盛んだった学生運動を、土居さんが「桃太郎の鬼退治」を引き合いに出して論じている箇所です。これは、近年の日本で盛んにいわれている「親ガチャ」(親による「当たり」「外れ」)にも通じるというのですが……。
そして最終話(第6話)では、小津安二郎の映画を例としながら、「『甘え』と『節度』」の両輪が必要ではないかと論じます。
《甘え自体はあっていいのだ、ただしそこに節度も必要なのだという見方というのは、今、より必要とされているのではないか》
そう述べたうえで、與那覇先生は「これからの日本で求められていくのは、やはり健康的で持続可能な『甘え』というのは何なのかではないか」と指摘されるのです。
まさに、ポストコロナの時代にこそ深く考えられるべきテーマです。『「甘え」の構造』を引きながら展開される議論は、まことに興味深いものばかり。ぜひご覧ください。
(※アドレス再掲)
◆與那覇潤:『「甘え」の構造』と現代日本(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4949&referer=push_mm_rcm2
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☆今週のひと言メッセージ
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《ブランドは表層的であると同時に本質的》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=2077&referer=push_mm_hitokoto
「起源の忘却」がブランドの成立にとって重要
田中洋(中央大学名誉教授)
ある面で見ると、ブランドイメージという言葉があるように、中身は悪くてもイメージさえ良ければいいという考え方がなくはありません。ただし、『ブランド戦略論』の中でも書いているように、ブランドは表層的であると同時に本質的でもあります。一見矛盾しているような考え方ですが、私のロジックは次のようになっています。
ブランドが生まれるときに注目してみましょう。近代ブランドの場合、ブランドが生まれるのは、何らかのイノベーションに基づいていることがしばしばあります。イノベーションとは、それまで全くなかったような在り方が新しい在り方として変わるという現象のことです。
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編集後記
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皆さま、今回のメルマガ、いかがでしたか。編集部の加藤です。
さて、当メルマガですが、コロナ前の2020年1月に配信をスタートして、今年で4年目に突入しました。
おかげさまで皆さまのご愛顧により、ここまで続けることができました。この場を借りて、感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
当メルマガは来月からも引き続き週2回程度のペースで配信を続けていきますが、今後も皆さまの学びの一助となる、またちょっとした新発見、再発見に一喜一憂いただけるような、お散歩や寄り道的コーナーを考えていきたいと思います。
いきなりある一部が変わっているかもしれませんが、そこはお楽しみに、ということで、今後ともテンミニッツTVならびに当メルマガをご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
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