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人類の繁栄の理由は「他者の心を理解する高い認知能力」

ヒトの進化史と現代社会(2)大繁栄の原動力

長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長/元総合研究大学院大学長
情報・テキスト
若い頃、タンザニアの野生チンパンジーを研究しながら2年半生活した自然人類学者で総合研究大学院大学副学長・長谷川眞理子氏。その経験は、学問上の素材のみならず、現代の人間の暮らしや社会のあり方を考えることにも役立っているという。チンパンジーとヒトの社会の違いに、人類の大繁栄の手がかりは隠されているのだろうか。(全4話中第2話目)
時間:11:25
収録日:2015/12/14
追加日:2016/03/10
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≪全文≫

●チンパンジーの子育ては母親一人が孤立して行う


 チンパンジーは、母親だけしか子どもを育てません。お父さんは分からないのです。それは、いろいろと関係が複雑で、父親らしきオスはいるのですが、それがたくさんいて誰が父親か分からないからです。つまりお父さんがいないわけですから、父親による世話はありません。そして、母親も、ほとんど1人だけで育てます。つまり密着母子が2人だけでずっといる感じで、その意味では非常に孤立しています。ただ、孤立していても大丈夫なのです。

 母親は、その辺りの果物を自分でむしって食べるわけだし、子どもはミルクを飲んで、それ以外のものは自分でむしって食べればいい。母子ともども、大して難しいことをする必要がないのです。母親は、自分が食べて、ミルクを出して、それで子どもを育てる。子どもの方は、離乳したら、自分で果物などをむしり取って食べるということで、それで済んでいきます。

 そのようなチンパンジーたちがどうなっているかというと、数が増えることは全くありません。それは、もちろん生息地が破壊されたりすることもあります。しかし、とにかく母親だけで育てていて、いつ離乳するのかというと、5歳なのです。5歳までミルクを飲んでいたのが離乳して次の子が生まれるので、その間は6年の開きがあります。そういう状態で母親だけが育てて、子育て支援のようなものは何もなく、父親も分からない。一所懸命母親がミルクを出して、育てるのに5年かかる。


●ヒトの大繁栄はなぜ起こったかが、人類学の大疑問


 一方、人間はどんどん人口が増えました。とくに昨今ものすごい勢いで増えたということがあります。1650年ぐらいには5億人だったといわれる世界人口が、1850年には倍の10億人、1930年にはさらに倍の20億人ということで、指数関数的な勢いで非常に増えていっています。

 このようにヒトが大繁栄している理由は何でしょうか。

 ヒトは、5歳までミルクを飲んだりはしません。先進国になるような文明以前の頃でも、大体は3年で離乳していました。また、母親が一人で育てるということもありません。父親もいるし、母親の兄弟や友達もいる。村のような集団全体が、みんなでいろいろと助け合います。

 そのようなことがなぜできるのかというのが、人間が繁栄する上での一つのカギであり、人類学が明らかにしなければいけない一つの大きな疑問だと思います。

 生物進化の時間からすると、600万年は本当に短い時間です。生命の歴史は38億年ですから、そこから見ると600万年なんて、非常に近い、短い話です。その600万年で、チンパンジーとヒトのような違うものができた。チンパンジーや他の類人猿はほとんど増えないまま、非常に個別の暮らしをしている。ところがヒトはなぜ、こんなに大繁栄をしているのだろうか。このことに答えを出さなければいけないだろう、ということがあります。


●ヒト固有の遺伝子進化はプラスマイナス両局面で


 遺伝子的な進化において、遺伝子がどのように変化したからヒトがヒトになったのかということについては、まだよく分かっていません。しかし、今やゲノムが全て読めるようになりましたから、チンパンジーとヒトのゲノム比較を行っているところです。解明するにはこの先、非常に長い時間がかかると思いますが、どんな遺伝子にどういう変化が起こったから、ヒトがヒトになったのかということは、だんだん明らかになりつつあります。

 ヒトに固有の遺伝子はどのようにできてきたか。また、固有の遺伝子の欠落はどう起こったか。つまり、昔、チンパンジーや他の生き物が持っていた遺伝子の中で、人間だけが欠損してしまった遺伝子もあるわけです。人間に固有の遺伝子が付け加わって人間らしくなったこともあるけれど、みんなが持っているあるものをやめたために人間らしくなったということもあるのです。

 ですから、ヒト固有の遺伝子の付け加わりと、ヒト固有遺伝子の欠損。それから、ヒト固有に遺伝子の調節をする仕組みが変わったということです。いつ頃どんなものをつくるかのスイッチを入れる遺伝子に変化が起こると、大きく変わりますから、そのような可能性が今だんだんと分かりつつあります。

 そういう意味でいうと、今の人間(ヒト、サピエンス)がどうしてこんな特殊な生き物になり、これほど大繁栄をする種になったのかということの遺伝的なベースは、少しずつ分かりつつあります。ただ、それが何であるかを決めていくには、まだまだ時間がかかるでしょう。


●ヒトをヒトたらしめている「三項関係の理解」とは


 このような遺伝子的なベースは分かりませんが、ヒト固有にできる能力があります。ヒトが当たり前だと思っており、それがヒトをヒトたらしめている非常に重要...
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