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昭和30年代に現れた国民的ヒーロー石原裕次郎

歴史家が語る『裕次郎』(1)原点は「嵐を呼ぶ男」

本村凌二
早稲田大学国際教養学部特任教授/東京大学名誉教授/博士(文学)
情報・テキスト
『裕次郎』(本村凌二著、講談社)
早稲田大学国際教養学部特任教授で西洋古代史、ローマ史を専門とする本村凌二氏が、昭和の大スター「石原裕次郎」を取り上げる。10歳の時に観た映画「嵐を呼ぶ男」をきっかけに、60年間ずっと裕次郎のファンであり続けた本村氏は2017年7月、『裕次郎』(講談社)を上梓した。一ファンとしての思いに、歴史家ならではの視点も交えながら、裕次郎の魅力を語る。(全4話中第1話)
【ご注意】本講義には、映画の内容や結末に言及する箇所がございます。
時間:15:53
収録日:2017/08/23
追加日:2017/09/26
≪全文≫

●60年来の裕次郎ファン-原点は10歳で観た「嵐を呼ぶ男」

 
 今回は自分の趣味に関するお話です。物事は長く続けていると何となく形になるもので、外国のことわざにこんな言葉があります。「熱意を持つ人として、30分しか熱意が続かない人、30日しか熱意が続かない人、それから30年熱意が続く人という、3人の人間がいたとき、30年熱意が続いた人は必ず成功する」ということわざです。成功するかどうかは別にして、私の場合、西洋史研究を大学で専門と決めてからほぼ半世紀、50年ほど続けてきたことになります。

 実はそれ以上にずっと熱意を持って続けてきたことが一つあります。そういう意味ではすでに30年どころか60年ですが、それは、私が10歳の小学校4年生の時に初めて石原裕次郎の映画「嵐を呼ぶ男」を観たことから始まります。その映画を観て、その意外性と格好良さに、小学生でしたけれども非常に感動を覚え、熱狂したのです。

 それから60年間ずっと、ある意味で彼のファンであり続けました。アイドルなら、なんだかんだ言ってもせいぜい5~6年で、長くても10年ほどそのアイドルのことを思っているというのが一般的な中、私の場合は60年ですから「桁違いだな」と、この間もいわれました。

 なぜそんなことになったのか。しかも、今ここにありますけれども、それを本の形にするということがなぜあり得たのか。そうした非常に素朴な疑問を尋ねられたりしたことがあるのですが、私もそんなに自分のことをきちんと考えているわけではありません。しかし、原点となるのはやはり、10歳の小学校4年生の時の体験で、一番最初に「嵐を呼ぶ男」を観たことです。もちろん映画館で観ましたが、年末から正月にかけてのお正月映画だったこともあり、非常に多くの人が観に来ていたと思います。しかもその頃の映画は入れ替え制ではなかったので、大変な人気(混雑ぶり)でした。

 

●昭和30年代の「映画」という圧倒的なビジュアルの魅力


 この映画は昭和32年に上映されたのですが、当時はまだテレビがほとんど普及していない時代でした。私はその時、東京ではなく九州の熊本県におりましたので、テレビの普及も東京に比べればはるかに遅く、プロ野球や大相撲もじかに観る機会など、ほとんどなかったのです。

 唯一あったのが福岡の平和台野球場で、ここは今の西武ライオンズの前身である西鉄ライオンズが拠点にしていました。私は熊本の小学校に入るか入らない頃に、ここへプロ野球の試合を観に行ったことがあります。その時の記憶では、朝早くバスを連ねて5~6時間ほどかけて福岡の平和台野球場に行ったのですが、あの頃はデイゲームでしたから昼の1時ぐらいから始まって4時ぐらいに終了すると、その後またバスを連ねて、夜遅く帰ってくるのです。そういう形で1回だけ小学生の時にプロ野球を観た記憶があります。

 その他に子どもの楽しみとしては紙芝居があったり、それからラジオでいろいろやっていたくらいです。だから、私の幼い頃の記憶では、プロ野球や大相撲はほとんどラジオでしか聞いたことがありません。

 その頃、映画を観に行くと、最初の5分か10分ほどニュースの番組をやっていました。ニュースをダイジェストしたもので、政治のニュースもありますし、スポーツのニュースもありました。名場面のようなものを少し流すだけですが、大相撲を流したりするわけです。そういう形でしかビジュアルには楽しめなかった時代ですから、やはり映画は圧倒的な影響力を持っていたのです。


●画面に巻きこまれて観客は大熱狂!


 昭和30年代の映画の記憶だと、ほとんどモノクロ(白黒もの)でしたけれども、少しずつカラーの映画が始まっていました。それも当時はカラーなどという言葉は使わず、「総天然色」などと非常に物々しい言葉を使っていました。「嵐を呼ぶ男」はその総天然色の映画でした。

 裕次郎はドラマーの役で出てくるのですが、だんだんとドラムの腕を上げていくうちに、やがて先に有名になっているライバルの男とドラム合戦をやるという場面になります。ところが、その相手は悪い男(悪役)でそれなりにずる賢い人間で、裕次郎扮するドラマーは前日に暴漢に襲われて手をけがするということになってしまいます。周りは「もう手をけがしているんだから出たってしょうがないだろう」ということで止めるのですが、彼は毅然として「とにかく出るんだ」と言ってドラム合戦に向かうのです。

 そして、実際にドラムを叩き出すのですが、やはり片方のけがをしている手はほとんど動きません。痛々しい感じの場面になるのですが、そこで裕次郎はいきなりマイクを引っ張ってきて、「おいらはドラマー、ヤクザなドラマー」と歌い出すのです。すると、それが周りの観客に非常に受け、相手のドラマーそっちのけで裕次郎の方にテープが投げられ...
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