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安全対策に向けて現場を改善するための4つのポイント

ヒューマンエラーと経営戦略(7)気付く力と社員教育

岡田有策
慶應義塾大学理工学部管理工学科 教授
情報・テキスト
慶應義塾大学理工学部管理工学科教授の岡田有策氏が、安全対策に向けて現場の意識を考えていくためのポイントを解説する。安全対策を個別に見るのではなく、会社全体の価値を上昇させていくという視座で捉えることが重要だ。そのためには、安全・安心の先にあるお客さまを見据え、プロ意識を持って現場の人が仕事に取り組まなければならない。(全10話中第7話)
時間:08:17
収録日:2017/09/01
追加日:2018/02/19
≪全文≫

●組織も人も、適度な不安感を持つことが大事だ


 前回、「鬼に金棒」という話をしましたが、現場での鬼について考えていく、すなわち現場の意識におけるポイントを4つ紹介します。第1に、自分は95点だという認識が重要だと述べましたが、その際に、5点分不足しているのだという不安感を持つことが不可欠です。自分が大丈夫だと思っている人間に成長はありませんし、対応策も効きません。組織も同じことです。組織も人も、適度な不安感を持つことが大事です。ただし、不安感を持ちすぎても駄目ですから、適度という言い方をしています。

 第2に、ヒューマンエラーや安全にとって、一番効く対策は、基本をしっかりこなすということです。これは、その会社が持っている歴史を踏まえるということに他なりません。会社が作り上げてきたマニュアル、いわゆる基本動作が肝心です。その会社で作り上げてきたマニュアルに勝るエラー対策、安全対策はありません。こうした基本動作をしっかりこなしていくならば、大きな事故はもちろんのこと、エラーもほとんど起こらないはずなのです。ただし、何度も申し上げるように、基本ができたから100点だとは思わせないような、意識教育も不可欠です。


●助けられた人が感謝を伝えられる環境づくりを目指せ


 次の第3と第4のポイントは、自分に足りない残りの5点を補っていくときに役立つものです。第3に、エラー対策も含めて、1人でできることは、たかが知れているということです。そこでフォロワーシップ、つまり、いろんな人たちがどう助けていくのかを考えなければいけません。そのためには、みんなで声掛けをするといった、助け合うという精神が必要です。ただし、単純に助け合うといっても、声を掛けられたり助けられたりしたときに、助けられた人が「ありがとう」と感謝を伝えられる環境づくりを目指すべきです。

 声掛けをする習慣が大切だということは、どこでも言われていますが、声を掛けてくれた人に「ありがとう」と言える部署がどれだけあるでしょうか。「ありがとう」と言ってもらえれば、次に効いてきます。特によくあるのが、自分が忘れていたときに声を掛けてもらえれば、素直に「ありがとう」と言えるけれど、忘れていない場合に声を掛けられると、つい迷惑そうな顔をしてしまうということです。しかし、これをされてしまうと、次からなかなか声を掛けにくくなります。したがって、「ありがとう」と言う文化とセットにした、声掛けや助け合いが肝心なのです。


●気付くための教育に必要なのは、不親切な授業である


 最後に第4のポイントは、自分で考えて気付くということです。自分に足りない残りの5点を、マニュアル化で補うことはできません。だから、それぞれの作業者が、色々な意味で気付いてもらうことが必要になります。ところがこのように言うと、「気付く」ということはキーワード化されて普及していますから、どこの会社でも取り入れているとおっしゃいます。しかし、ほとんどの会社でやられているのは、「気付ける教育」ではなく、「気付かせる教育」です。マニュアルを使ったり、OJTをやったり、非常に丁寧な授業をやったり、パワーポイントで丁寧な資料をつくったりしていますが、これらは全て「気付かせる教育」です。

 最近は、とにかく教える側が工夫に工夫を重ねていて、ものすごく手厚い授業をやっています。そうして気付かせているのですが、これでは教えられる側は自分では気付かなくなります。チェックリストも全部気付かせるものです。チェックリストに書いていないことは、気付かなくなってしまいます。

 「気付く」とは、要するに考える力です。これを培うためには、「大事なことを教えない」ようにしないといけません。不親切にしないと駄目なのです。例えば、隣の部屋を掃除させて、やり終えた後に、「隅っこにごみがあるじゃないか」と言うとしましょう。これは気づかせていることになります。それに対して、「駄目だ、もう一回、駄目だ、もう一回」と100回ぐらい聞かされて、うんざりしながらようやく隅にごみを見つけて取ってきたとしましょう。このような経験をした人は、確かに文句は言うかもしれませんが、次からはちゃんと隅まで見るようになります。最初から「そこにごみがあるよ」と教えられると、また教えてくれるはずと思って、隅まで見ません。

 つまり、気付くための教育に必要なのは、不親切な先生、不親切な授業です。もちろん、今ある親切で丁寧な授業をやめる必要はありませんが、不親切な授業もたまには必要だということです。先生が丁寧に教えてくれるために、生徒が考えなくなってしまっています。資料でも何でもそろえておけば、メモもノートも取らなくなってしまうでしょう。これがどんどん進んでいます。先生側が工夫すればするほど、「気付かせる...
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