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小和田哲男

小和田哲男

おわだてつお

静岡大学名誉教授/文学博士
【研究分野】
日本中世史、特に戦国時代史

【略歴】
1944年 静岡市に生まれる
1972年 早稲田大学大学院文学研究科 博士課程修了
2009年 静岡大学を定年退職
現在、静岡大学名誉教授、文学博士

【主な著書】
『戦国三姉妹 茶々・初・江の数奇な生涯』(角川選書、2010年)
『黒田如水』(ミネルヴァ書房、2012年)
『武将に学ぶ第二の人生』(メディアファクトリー新書、2013年)
『名軍師ありて、名将あり』(NHK出版、2013年)
『黒田官兵衛 智謀の戦国軍師』(平凡社新書、2013年)
『井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史』(洋泉社歴史新書y、2016年)
『家訓で読む戦国 組織論から人生哲学まで』(NHK出版新書、2017年)
『明智光秀・秀満』(ミネルヴァ書房、2019年)
『戦国名将の本質 明智光秀謀反の真相に見るリーダーの条件』(毎日新聞出版、2019年)

戦国武将の経済学 (全4話)

収録日:2019/11/22
追加日:2020/02/23

兵農分離で強くなった織田軍団の資金源とは

戦国武将の経済学(1)織田信長の経済政策

追加日:2020/02/23
群雄割拠の戦国時代、並みいる武将たちの戦いぶりは話題になっても、懐具合やお金の回し方を論じることはこれまでなかった。しかし、戦を行うにも領国経営をするにも、経済的な戦略がなければかなわない。第1回では織田信長の経済政策...

織田信長はなぜ南蛮貿易に注力したのか

戦国武将の経済学(2)織田信長と九州大名の南蛮貿易

追加日:2020/03/01
織田信長と豊臣秀吉の時代は、南蛮貿易が奨励された。日本は何を輸出し、何を輸入していたのだろうか。なぜ秀吉は「バテレン追放令」を出さざるを得なかったのか。第2回では信長と九州大名の南蛮貿易、さらに秀吉の朝鮮出兵の謎を、経...

豊臣秀吉の富の源泉はどこにあったのか

戦国武将の経済学(3)豊臣秀吉の経済政策

追加日:2020/03/08
聚楽第の建設、北野大茶会と、天下人になった後の豊臣秀吉には豪勢な話題がついて回る。また、そこへ到達するまでの戦いにも大掛かりな城攻めなどが多く、潤沢な経済力を裏打ちしている。いったい秀吉は、どのような方法を取ったのだ...

徳川幕藩体制が260年の長期安定政権をつくった理由

戦国武将の経済学(4)徳川家康の経済政策

追加日:2020/03/15
織田信長や豊臣秀吉が「攻め」の経済なら、家康は「守り」の経済を邁進する。豊臣家を滅ぼした戦略から、全国の富を中央に集約する幕藩体制と、金山銀山の直轄経営。徳川幕府260年という長期安定政権は、確固たる財政基盤なしにはあり...

明智光秀の真実 (全5話)

収録日:2019/11/22
追加日:2019/12/31

明智光秀はいつどこで生まれたのか~出生の謎に迫る

明智光秀の真実(1)謎につつまれた前半生

追加日:2019/12/31
2020年のNHK大河ドラマは「麒麟がくる」。本能寺の変における「主殺し」として悪名を負ってきた明智光秀が主役とされ、歴史にも人物にも新たな注目が集まっている。新しい史料も続々と発見されるなか、その生涯と実像に迫っていく。(...

織田信長に高く評価された明智光秀の軍事的功績とは

明智光秀の真実(2)織田信長との出会いと活躍

追加日:2019/12/31
足利義昭の周旋役として、明智光秀は織田信長に接近する。当初は「両属」として義昭・信長の双方に仕えていた光秀だが、やがて室町幕府再興の望みは捨て、信長の家臣として実力を発揮することになる。そうして、金ヶ崎の退き口や比叡...

政治家としての明智光秀、知られざるその実像

明智光秀の真実(3)織田軍団での光秀の存在とその役割

追加日:2020/01/07
織田家家臣として、羽柴秀吉に並ぶスピード出世を遂げた明智光秀だが、彼のどんな点を織田信長は買っていたのだろうか。また、同時代人には、光秀と秀吉の関係はどう映ったのか。さらに領主としての光秀の政策を通し、政治家としての...

なぜ明智光秀は「本能寺の変」を起こしてしまったのか

明智光秀の真実(4)「本能寺の変」の謎

追加日:2020/01/14
「本能寺の変」の謎には、いくつもの仮説がある。古くから囁かれるのが「怨恨説」と「天下取りの野望説」であり、一時は「黒幕説」が盛んだったが、直近では「四国問題説」が浮上している。複合的な要因の核として、「織田信長非道阻...

明智光秀という存在が与えた歴史的な意味とは

明智光秀の真実(5)「本能寺の変」後の光秀とその真価

追加日:2020/01/14
「本能寺の変」の後、明智光秀は山崎の戦いに臨むが、孤立し敗れ、小栗栖の地で落武者狩りに遭う。この後、徳川家の儒教道徳支配が続くため、本能寺の変は極悪非道といわれるが、 戦国時代という観点からみていくと、どう捉えればい...

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