山上憶良が「沈痾自哀文」で問いかけた因果応報の問題 山上憶良「沈痾自哀文」と東洋的死生観(1)因果応報と日本仏教の課題 追加日:2024/07/12 『万葉集』にさまざまな歌を残した山上憶良は、8世紀の「知の巨人」と目されている。例えば彼は、「善行を積んできた自分が報われず、老いの醜態をさらす惨めな状況になったのはなぜか」という問いを「沈痾自哀文」に残した。これは「... 山上憶良が「沈痾自哀文」の中で語った人間の価値とは 山上憶良「沈痾自哀文」と東洋的死生観(2)救済思想と人間の価値 追加日:2024/07/19 「人の善悪は報われるのか」という山上憶良の問いは、古くは4世紀の中国仏教界を揺るがしたものであり、新しくはミュージカル『キャッツ』にみられる救済思想とも重なっている。ここで難しいのは因果応報思想との関係で、人間の一生を... 映画『君たちはどう生きるか』とつながる山上憶良の答え 山上憶良「沈痾自哀文」と東洋的死生観(3)「沈痾自哀文」現代語訳を読む 追加日:2024/07/26 宮崎駿監督の映画『君たちはどう生きるか』の一つの大きなテーマは、自分が恵まれていることにどう気づくかではないかと上野氏はいう。これは戦後日本のあり方、目指すべきものへの痛烈な問いかけではないだろうか。このことについて... 生涯学習のすすめ――常に人は考えながら生きていく動物 山上憶良「沈痾自哀文」と東洋的死生観(4)生涯学習として思索 追加日:2024/08/02 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』は涙なしに観られない映画となったという上野氏。「幸せとは何か」を考えるものとして捉えると、ドイツ哲学の「生の哲学」や実存主義と共通する主題をはらんでいるという。そして、そのた...
8世紀を代表する知識人・山上憶良が感じたグローバリズム 山上憶良「好去好来の歌」を読む(1)山上憶良に学ぶ国際感覚 追加日:2024/05/19 万葉歌人として名高い山上憶良は8世紀当時、阿倍仲麻呂と肩を並べる国際的な知識人だった。豊富な知識や見識を支えたのは遣唐使としての経験であり、彼のもとに教えを乞いに訪れる遣唐大使もいた。今回のシリーズでは、グローバル社会... 言霊の幸わう国とは?なぜ神様?「好去好来の歌」が描く日本 山上憶良「好去好来の歌」を読む(2)言霊の加護ある国の神様と遣唐使 追加日:2024/05/26 山上憶良の「好去好来の歌」にはどのようなことが詠われているのか。言霊に加護された大和の国から荒海を旅する遣唐使の危険に対して、海上の道も陸上の道も大和の神々がきっと守ってくれると、その一首には詠まれている。ここで浮か... 神様か仏様か?…和魂漢才・和魂洋才の融通無碍さと得意技 山上憶良「好去好来の歌」を読む(3)神と仏の棲み分けと「和魂漢才」 追加日:2024/06/02 山上憶良は、遣唐使の旅立ちに送る歌の中で神と仏の棲み分けを示していた。神仏が時に一つになり、時に分かれ、棲み分けてきた融通無碍さは、日本が島国だから生まれた方法である。菅原道真は、受容したものを工夫して使うことを「和... 山上憶良が示したグローバル社会に生きるためのヒント 山上憶良「好去好来の歌」を読む(4)改良・改善と「墨縄」の思想 追加日:2024/06/09 日本人の創造力の源は改良・改善にある。改良・改善とは、海外から得たものを「身の丈に合ったものにしていく」ことである。そこで山上憶良である。彼は遣唐使に対して「墨縄」という言葉を用いて「一直線に帰ってこい。無事で帰って...
『万葉集』はいかなる歌集か…日本のルーツと中国の影響 万葉集の秘密~日本文化と中国文化(1)万葉集の歌と中国の影響 追加日:2023/03/14 4516首、全20巻からなる『万葉集』は日本最古の歌集として知られているが、具体的にどのような性質をもつ書物なのだろうか。詠まれた歌の内容を見ても日本文化のルーツがそこにあるのは確かだが、丁寧に見ていくと中国文明の影響を受... 日本的+中国的…両面あわせ持つ歌集が『万葉集』 万葉集の秘密~日本文化と中国文化(2)『万葉集』という歌集のあり方 追加日:2023/03/21 日本の古代文化である『万葉集』にはいろいろな漢語、漢詩が登場する。大伴旅人の「酒をほめる歌」や山上憶良の長文などがそうだが、これは『万葉集』の中に中国文化が色濃くあるということを示している。しかし、それだけではない。... 日本の歌を大切にしよう…中華文明の影響と脚下照顧の教え 万葉集の秘密~日本文化と中国文化(3)グローバル・スタンダードと脚下照顧 追加日:2023/03/28 『万葉集』は中華文明の影響を受けている。実際、当時の日本はグローバル・スタンダードである中華文明の知識を得、阿倍仲麻呂をはじめとした知識人たちを排出したのだ。しかし、このままではいつまでたっても自分たちの言葉で自分た... 日本的な良さ…『万葉集』には翻訳文学の側面もある 万葉集の秘密~日本文化と中国文化(4)最大の翻訳文学 追加日:2023/04/04 『万葉集』は最大の翻訳文学であると上野氏は言う。日本には外来のものが多いが、それをしっかり学び、長い時間をかけて日本のものにしていくところに日本文化の良さがある。『万葉集』においても、同様で中国文化の影響を受けながら... 大伴旅人の「梅花の宴」序文に込めた日本文化への想い 万葉集の秘密~日本文化と中国文化(5)「梅花宴序」と多文化社会 追加日:2023/04/11 日本文化は中国的なものやグローバル文化とは切っても切り離せないが、一方で「われわれの文化を大切にしなければいけない」という想い、ローカルなものを生かそうという姿勢も持っていた。それは、『万葉集』巻5、元号「令和」の典拠...
「まれびと」とは何か?折口信夫が考えた日本文化の根源 折口信夫が語った日本文化の核心(1)「まれびと」と日本の「おもてなし」 追加日:2022/12/26 折口信夫の学問は、大きな見取り図のようなものがあり、それが円を描いているのが特徴である。その学問は、あらゆる文化の根源を「生活」に置いている。例えば「もてなす」という文化は、お祭りが「常世」から来る「まれびと」への接... なぜ大晦日におせち料理を食べてはいけないか?神様の来訪 折口信夫が語った日本文化の核心(2)宗教文学発生説と「依代」 追加日:2023/01/02 折口信夫は日本文学について、非常に早い段階から5音句と7音句から成る「律文学」であることに気づいた。これが神とコミュニケーションするための一つの約束事で、そこから日本の文学が発生したと考えた。そこで折口信夫が取ったのが... 寅さんも水戸黄門も…「ほかひびと」が伝承した貴種流離譚 折口信夫が語った日本文化の核心(3)貴種流離譚と型の文化 追加日:2023/01/09 日本の物語の多くは古来から「貴種流離譚」といい、偉い人が流浪の旅を続ける苦難の物語である。折口信夫は、そうした物語を伝承したのは自らも流浪の民だった「ほかひびと」だと指摘している。さらに語りには必ず弦楽器を伴い、それ... 柳田國男『遠野物語』に感銘、折口が説いた「生活の古典」 折口信夫が語った日本文化の核心(4)折口信夫の「戦後のメッセージ」 追加日:2023/01/16 日本人は明治期に日本が近代化する過程で、自分たちに文化があるのか疑問を持つようになる。そうした中、外国の文化に触れることで日本を自覚する岡倉天心や新渡戸稲造のような青年たちも現れる。一方、日本人の生活を見直すことで、...
グローバル・ヒストリーの中で日本の歴史を俯瞰する意味 ソフトな歴史学のすすめ(1)グローバル・ヒストリーと民俗学 追加日:2021/10/11 近年『サピエンス全史』が世界で大ヒットしたように、広く大きな視点で人類史を俯瞰するグローバル・ヒストリー関連の書籍が注目を集めている。その理由として、「人間はどのようにネットワークを形成していったのか」ということへの... 『サピエンス全史』で提起した「虚構を信ずる能力」の問題 ソフトな歴史学のすすめ(2)ドメスティケイションの重要性 追加日:2021/10/18 歴史を大きく見る際はその捉え方が非常に重要になるのだが、近年は「ドメスティケイション(野生の動植物を人間の管理下で栽培化・家畜化すること)」が注目されている。中でも、「農業」の果たした歴史的意味について考える。(全5話... コリン・タッジが唱える「小規模農耕」とは何か ソフトな歴史学のすすめ(3)小規模農耕から生まれるネットワーク 追加日:2021/10/25 従来は、人類が大規模農耕を行うようになり文明が大きく発展したと捉えられていたが、それに若干の修正が出てきた。それが「小規模農耕」の存在だ。いったいどのようなものなのだろうか。上野氏の祖母のエピソードも交えながら解説す... 歌の始まりも言葉の交換から――互酬性と信頼のネットワーク ソフトな歴史学のすすめ(4)交換によるネットワークの構築 追加日:2021/11/01 人間にはそもそも互酬性があり、それがネットワークの構築、信頼の形成に大きく影響している。『古事記』によると歌は言葉の交換から始まっており、そこからもうかがえることである。今回は祖母のエピソードを中心に、交換によってネ... 『わらしべ長者』が伝える「ものの交換」の大事な意味 ソフトな歴史学のすすめ(5)目に見えないものに価値がある 追加日:2021/11/08 『わらしべ長者』の物語が伝えているように、人間は「ものの交換」によってネットワークを形成し、ものの価値はそのネットワークの中で決まってきたということだ。そうした歴史を考えると、現在の歴史学は従来のもの(ハード)重視の...
聖徳太子と日本人…「実在しなかった」説の真相とは? 「万葉集」の聖徳太子――語りかける人(1)日本人の憧れ 追加日:2021/07/16 2021年は聖徳太子の1400回忌にあたる。彼が創建したとされる法隆寺では100年に一度の法要が営まれ、夢殿本尊救世観音像などの特別開扉も始まっている。彼はなぜ千年の時を超えた強い憧れや尊敬の的なのか。また、「実在しなかった」と... 『万葉集』に収載されている聖徳太子の歌とは 「万葉集」の聖徳太子――語りかける人(2)伝説上の人物・上宮聖徳皇子の歌 追加日:2021/07/23 『万葉集』には聖徳太子の歌も収載されている。編纂された8世紀の半ば頃には伝説上の人物となっていた彼は、そこでは「上宮聖徳皇子」という言い方をされている。その歌が巻の三にある「家ならば 妹が手まかむ 草枕 旅に臥やせる ... 『日本書紀』で伝えられた聖徳太子と歌の物語 「万葉集」の聖徳太子――語りかける人(3)歌の背景としての物語 追加日:2021/07/30 歌は感情の吐露だから、その歌が出てきたときの背景として、物語がある。物語とは、亡くなった人の言動を語り伝えることも指すのだが、その語りによって人はよみがえり、それが供養につながるのである。『万葉集』所載の聖徳太子の歌... 聖徳太子は歌によって問いかけた人である 「万葉集」の聖徳太子――語りかける人(4)姓名・食事・衣服・歌を与える意味 追加日:2021/08/06 聖徳太子の歌の背景には、飢えて倒れた旅人に寄り添い、姓名を問い、食事、衣服、歌を与えたという経緯があった。「姓名を問う」とは、相手を尊重することの第1番目にある。では歌を与えること、人に思いのこもった声をかけることの意... 古代国家が理想としたのは聖徳太子の「徳治政治」 「万葉集」の聖徳太子――語りかける人(5)聖の徳 追加日:2021/08/13 聖徳太子の歌には後日談がある。太子があわれみをかけた行旅人は、死体を残さず消えていた。そう聞いた太子は「神様だったのかもしれない」という。聖を知る太子はまさに聖だと世の人は畏れかしこんだ。そのような太子の徳は、後の世... 困難なときにこそ立ち返るべき聖徳太子の理想と古典の知恵 「万葉集」の聖徳太子――語りかける人(6)古典に蓄積された知 追加日:2021/08/20 聖徳太子への憧れは政治にも生かされたが、旅などを通じてその徳に触れ、自分を磨くチャンスも与えてくれる。このような「古典」を知っておくことは、人生を生きていく上で大きな力となる。日本社会全体が困難に当たっている現在こそ...
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