●4世紀の中国仏教界を揺るがした問いかけ
実は、(山上憶良による)問いかけは、中国の4世紀を生きた知識人、戴逵(たいき)という人が問題としたことでもあります。彼は次のように言いました。
「自分は仏法を奉じ、仏法を守って、善い生活を心がけてきたつもりだ。しかし、私の人生を振り返ってみると、苦難の連続であった。いいことなど一つもない」
戴逵はそのように言った後、こういうふうに考えました。
「仏教が『善いことをすれば善い報いが来、悪いことをすれば悪い報いがくる』というふうに説いているのは、民衆を教え諭す『教化(きょうけ)』のためだろう。そういえば悪いことをする人が減るので、そうしたのだろう。しかし実際には、賢いか愚かか、豊かであるか貧しいか、人間の寿命が長いか短いかということは、あらかじめ決まっているのではないか」
このような問いかけを戴逵が行った結果、中国の仏教界を中心とする大論争が巻き起こりました。戴逵と、当時の大きな仏教教団である「慧遠教団」の間で大きな論戦が起こったのです。
こういうことも山上憶良は知識として持っていたはずで、それを踏まえた上で、年を取り、身体が動かなくなってきて、辱めを受けているような認識になったときに、この問いかけをしているわけです。これをどう考えるかは、大きなことです。
●『キャッツ』に見られる救済思想
少し話を逸らしましょうかね。日本では劇団四季によって大ヒットした『キャッツ』というミュージカルがあります。
年に一度、ニューヨーク中の野良猫たちが天上に集まってきて、天上世界に転生(生まれ変わる)することのできる「ジェリクルキャッツ」というものを決める。そこで集まったいろいろな猫たちが、「私は豊かだ」「私は善いことを、これだけする」というふうなことを言い合います。
それらに対して、最後のほうで登場してくるのが、ボロボロになったミンクのコートを着た老いさらばえた雌猫です。それを見て、みんなは「あれは若いときには美貌だったから、多くの男を騙した」「悪い猫だね」「体を売っていたような猫じゃないか」というようなことを言うわけです。
そこで、老いさらばえた雌猫の歌うのが有名な「メモリー」という曲です。「♪メ~モリ~、私にかわって~、私を抱きしめて~ほしいの♪」という、あの曲です。そうすると、その猫が「ジ...