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山上憶良が「沈痾自哀文」の中で語った人間の価値とは

山上憶良「沈痾自哀文」と東洋的死生観(2)救済思想と人間の価値

上野誠
國學院大學文学部日本文学科 教授(特別専任)/奈良大学 名誉教授
概要・テキスト
「人の善悪は報われるのか」という山上憶良の問いは、古くは4世紀の中国仏教界を揺るがしたものであり、新しくはミュージカル『キャッツ』にみられる救済思想とも重なっている。ここで難しいのは因果応報思想との関係で、人間の一生を超える長いスパン、あるいは万物を平等に照らす太陽のような存在について問うとどうなるだろうか。憶良が「沈痾自哀文」の中で語った人間の価値とともに考えていきたい。(全4話中第2話)
時間:13:04
収録日:2024/04/02
追加日:2024/07/19
キーワード:
≪全文≫

●4世紀の中国仏教界を揺るがした問いかけ


 実は、(山上憶良による)問いかけは、中国の4世紀を生きた知識人、戴逵(たいき)という人が問題としたことでもあります。彼は次のように言いました。

 「自分は仏法を奉じ、仏法を守って、善い生活を心がけてきたつもりだ。しかし、私の人生を振り返ってみると、苦難の連続であった。いいことなど一つもない」

 戴逵はそのように言った後、こういうふうに考えました。

 「仏教が『善いことをすれば善い報いが来、悪いことをすれば悪い報いがくる』というふうに説いているのは、民衆を教え諭す『教化(きょうけ)』のためだろう。そういえば悪いことをする人が減るので、そうしたのだろう。しかし実際には、賢いか愚かか、豊かであるか貧しいか、人間の寿命が長いか短いかということは、あらかじめ決まっているのではないか」

 このような問いかけを戴逵が行った結果、中国の仏教界を中心とする大論争が巻き起こりました。戴逵と、当時の大きな仏教教団である「慧遠教団」の間で大きな論戦が起こったのです。

 こういうことも山上憶良は知識として持っていたはずで、それを踏まえた上で、年を取り、身体が動かなくなってきて、辱めを受けているような認識になったときに、この問いかけをしているわけです。これをどう考えるかは、大きなことです。


●『キャッツ』に見られる救済思想


 少し話を逸らしましょうかね。日本では劇団四季によって大ヒットした『キャッツ』というミュージカルがあります。

 年に一度、ニューヨーク中の野良猫たちが天上に集まってきて、天上世界に転生(生まれ変わる)することのできる「ジェリクルキャッツ」というものを決める。そこで集まったいろいろな猫たちが、「私は豊かだ」「私は善いことを、これだけする」というふうなことを言い合います。

 それらに対して、最後のほうで登場してくるのが、ボロボロになったミンクのコートを着た老いさらばえた雌猫です。それを見て、みんなは「あれは若いときには美貌だったから、多くの男を騙した」「悪い猫だね」「体を売っていたような猫じゃないか」というようなことを言うわけです。

 そこで、老いさらばえた雌猫の歌うのが有名な「メモリー」という曲です。「♪メ~モリ~、私にかわって~、私を抱きしめて~ほしいの♪」という、あの曲です。そうすると、その猫が「ジ...
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