テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
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DATE/ 2016.11.28

第35回 タバちゃんの転機

 美子ちゃんの親戚にあげる予定だったタバちゃんは、先方の都合でもらってもらえなくなったのですが、そのほうがタバちゃんにとってよかったのかもしれません。

 タバちゃんは、首輪がなければ誰の目にもノラに見えます。猪首で、毛並みもみすぼらしく、太いシッポが途中でブチ切れているヘンテコリンな猫です。もらってもらえると最初に聞いたとき、みすぼらしい猫なので、ちょっと申し訳ない気持ちになったほどです。

シッポは太くて短いし、猪首だし、顔は無愛想。


 結局タバちゃんはわが家で暮らすことになるのですが、お母さん猫(ねず美)とお姉さん猫(たび)が一緒だし、外に出れば近くに広い草っ原があって一日中遊べるし、顔デカくんや黒ホッカくんたちとの交流もあって、楽しく過ごしていたのではないかと思います。

 そのぶん、猫社会に属しているようなところがあり、人間にあまりなつかない猫に育ちました。美子ちゃんには抱かれることもありますが、僕が近寄ると逃げてしまいます。お客さんが来たときなどは絶対姿を現しません。

 子どものときから、ねず美ちゃんに連れられて外に遊びに行っていたので、野性味が強い猫に育ったみたいで、雨が降っていても平気で外に飛び出して行き、ビショビショになって帰ってきます。それを美子ちゃんがタオルで拭いてあげます。

ビショビショになって帰ってきたタバちゃん。


 タバちゃんにとっては美子ちゃんは下女みたいなもので、上げ膳据え膳で何不自由なく育ち、やがて顔デカくんに求愛され、同時に黒ホッカくんからも求愛され、出産、子育ても難なく終わり、天下泰平の毎日を送っていたのでした。

 そんなタバちゃんに転機が訪れたのは、夏に僕たちが東北旅行に行ったときです。

 タバちゃんは蚊に刺されやすい猫で、夏になると耳をひどく刺されて、ブツブツになっています。痒いから足で掻くので、耳が血だらけです。僕たちが旅行に出かけるときは特にひどかったので、獣医さんに連れて行きました。獣医さんに旅行に行くことを話すと、このままにしておくとさらに掻きむしって、耳に穴があいてしまうかもしれないと言います。美子ちゃんはひどく心配して、獣医さんが勧めるまま、旅行中の10日間、タバちゃんをその病院に入院させることにしました。

 旅行から戻って、美子ちゃんはすぐにタバちゃんを迎えに行きました。

 タバちゃんが入院していた病院は、ノラの去勢や避妊手術を請け負っているところで、ノラ猫を入れたケージがところ狭しと並んでいます。僕たちは、タバちゃんは別の場所で10日間を過ごすと思っていたのですが、タバちゃんもケージに入れられ、ノラたちと一緒のところに置かれていたのでした。犬だと散歩に連れて行ってもらったりするようですが、猫はケージに入れられたままです。美子ちゃんが迎えに行くと、タバちゃんは「助けて~~!」といった感じで、美子ちゃんにしがみついてきたそうです。よっぽど辛かったのか、美子ちゃんから離れようとしなかったようです。

 美子ちゃんがタバちゃんを連れて帰ってきました。旅行中、ねず美ちゃんとたびちゃんは家にいて、猫好きの方に毎日来てもらっていたのですが、タバちゃんがいないのでさぞかし心配していたのではないかと思いきや、ねず美ちゃんもたびちゃんも意外な反応を示しました。

 タバちゃんは懐かしがって2匹に近づいて行くのですが、2匹は懐かしがるどころか、フーッと威嚇せんばかりに追い払おうとします。「おまえ、なんで帰ってきたんだよ」といった表情です。

 おそらく2匹にすれば、タバちゃんがいないぶんテリトリーが広がって悠々と暮らしていたのに、なんでまた帰ってきたんだ? といった感じだったのでしょう。

 それから3匹はだんだん仲が悪くなっていくのですが、この一件以来タバちゃんは、獣医さんところのケージの中に比べれば、ここは天国みたいだと思ったのかもしれません。それまでと全然態度が変わり、美子ちゃんに甘え、僕にもなつくようになりました(知らない人が来ると逃げるのは変わりませんが)。病院のノラから、「おまえは家があって幸せだぞ」と教えられたかもしれません。

顔デカくんと遊ぶタバちゃん。


第1回 マキ・キュー

第2回 猫の駆け引き

第3回 ネズミのような猫

第4回 黒ホッカおじさん

第5回 騒々しい庭

第6回 猫に話しかける

第7回 チーコ物語

第8回 猫の乗っ取り

第9回 ねず美ちゃんの母性

第10回 猫の癒し