編集長が語る!講義の見どころ
プラトン『ソクラテスの弁明』を読む(納富信留先生)【テンミニッツTV】

2021/04/13

いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上です。
新年度に、西洋哲学の原点を学ぶ。それも、なかなか乙なものではないでしょうか。

プラトンの『ソクラテスの弁明』という書物を、多くの方がご存じだと思います。「ソクラテスは『無知の知』を唱えた」ということをお聞きになったことがある方も多いのではないでしょうか。まさに西洋哲学の原点となるような一冊ですから、ぜひともこの『ソクラテスの弁明』については、なにがしかの知識を持っていたいものです。

ところが、本日ご紹介する講義で、納富信留先生(東京大学大学院人文社会系研究科教授)は、「『無知の知』といってしまうと、下手をするとソクラテスの本来のあり方からは正反対になりかねない」とおっしゃるのです。納富先生は、プラトン研究の第一人者で、2007年から2010年まで国際プラトン学会会長をお務めでもいらっしゃいます。その納富先生のご指摘だけに、これはとても刺激的です。

◆納富信留先:プラトン『ソクラテスの弁明』を読む(全6話)
(1)真実の創作
『ソクラテスの弁明』は謎の多い作品
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=2612&referer=push_mm_rcm1

まず納富先生は、この『ソクラテスの弁明』の内容について概括くださいます。この古典の内容は、「いかがわしい知者、神を敬わない行動を取って、若者を堕落させている」という罪で告訴されたソクラテスが、その裁判に臨んでいかに「弁明」したかを、プラトン(ソクラテスの弟子でした)が描き出したものです。時期は紀元前399年。アテネがペロポネソス戦争というスパルタなどとの27年にわたる戦争で敗れてから4年後に当たります(裁判の詳細は、講義の第1話でご覧ください)。

プラトンは、『ソクラテスの弁明』のなかで、アポロン神託事件について言及しています。ソクラテスの弟子の1人が、アポロンの神殿で「ソクラテスよりも知恵のある人はいますか」とお伺いを立てたところ、「いない」という神託が返ってきた。それを聞いたソクラテスは「そんなことはありえない」と思って、世間で知者と思われているさまざまな人のところを訪れて、「あなたの方が知恵があるはずですよね。ぜひ私にお聞かせください。一緒に検討しましょう」と問いかけをはじめた、というストーリーです。

それを重ねるうちに、ソクラテスは「世間で知者といわれている人たちも、自分と同様に知らなかった」ことを発見します。つまり、アポロンの神託とは、「ソクラテスのように、知らないことを知らないと思っていることが一番いい」ということだったのではないか、ということに思い至るのです。

この「知らないことを知らないと思っていること」を、日本では「無知の知」と称しています。しかし、この表現は大いに誤解を招きかねないと、納富先生は強調されます。納富先生によれば、この「無知の知」という言葉は、昭和の初め頃に日本で流布したもので、世界では(日本の翻訳文化が広がった東アジア以外では)あまり用いられていないということです。

では、何が問題なのか? 納富先生が指摘されるのは「『知る』ということと『思う』ということをきちんと区別することが、ソクラテス、プラトンの哲学の一番肝心なところ」ということです。これがどのようなことか……については、ぜひこの講義の第4話をご覧ください。

少しだけ種明かしをすると、「知る」と「思う」では、その後に、どう探求していくかという姿勢が変わってくるのです。納富先生のこの部分についての結論的なお話を紹介しましょう。

《重要なことは、「無知の知」という、ある意味では耳障りのいい言葉に安易に寄りかかって、「ソクラテスってこんな人物だよね」とわかった気にならないことです。これはソクラテスのメッセージです》

まことに、この部分について掘り下げていくだけでも、きわめて哲学的な営みです。

しかし、「知者」だといわれている周りの人に次々と問いかけて、その人がいかに無知かをさらけ出してしまえば、当然、恨みを買うことにもなります。かくしてソクラテスは告訴されることになるのですが、その裁判でなぜ、ソクラテスが有罪となり、しかも死刑という極刑に処されることになったのか。その点についての納富先生の解説も、とてもわかりやすいものです。

ソクラテスは、次のように挑発的に問いかけたのだといいます。

《皆さんは、私が哲学をやめるのであれば死刑は免除してもいいよとおっしゃるかもしれないが、私は知を愛し、求めることをやめません。私はいつものように、こう問い続けるのです。「あなたがたは恥ずかしくないのですか。金銭や評判や名誉に配慮しながら、思慮や真理や、魂というものができるだけ善くなるようにと配慮せず、考慮もしないとは」と》

「あなたは本当に正しいものを配慮しているのですか」というメッセージには、ソクラテスの哲学のエッセンスが込められていると、納富先生はおっしゃいます。その真意は、本講義の第5話で語られます。

古典に触れる喜び、哲学をすることの喜びが伝わってくる名講義です。ぜひご覧ください。

(※アドレス再掲)
◆納富信留:プラトン『ソクラテスの弁明』を読む(1)
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=2612&referer=push_mm_rcm2


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☆今週のひと言メッセージ
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「姑息の愛はいけない」

https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=849&referer=push_mm_hitokoto

子どもの天性・天分が花開いて、初めて教育といえる
田口佳史(東洋思想研究者)

有名な『養生訓』を書いた貝原益軒という人には、子育ての基本を著した『和俗童子訓』という名著があります。そこにも「最初が重要なのだ。最初に掛け違ってしまうと、子どもが年を経るにつれて、どんどん違った道へ行ってしまうのだよ」といったことが書かれています。ですから、最初が肝心だということを繰り返し言っているわけです。

もう一つ言っているのは、姑息の愛はいけないということです。姑息ながらとか、姑息の手段といった、あの「姑息」で、一時逃れのことです。子どもがわんわんと泣くので、仕方がないから機嫌を取って一時逃れをやってしまうという「姑息」は、親が子どもに示す最大の罪であるとして、常に親は厳しく正しいことを貫き通してやっていかなければいけないと言っているわけです。


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今週の人気講義
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空海と最澄の関係に大きな影響を与えた「密教」の位置づけ
頼住光子(東京大学大学院人文社会系研究科・文学部倫理学研究室教授)
※頼住先生の「頼」は、実際には旧字体です
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3912&referer=push_mm_rank

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https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3956&referer=push_mm_rank


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編集後記
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編集部の加藤です。皆さん、今回のメルマガ、いかがだったでしょうか。

今回は、今月のプレゼント本を紹介いたします。

川合伸幸先生(名古屋大学大学院情報学研究科教授)の著書
『科学の知恵 怒りを鎮める うまく謝る』(講談社現代新書)

現在、シリーズ講義「『怒り』の仕組みと感情のコントロール」(全5話)が好評配信中の川合先生ですが、今月のプレゼント本は主に「怒り」と「謝罪」について解説されている本となります。

「適切な謝罪は思った以上に難しい」ということで、誰かを怒らせてしまったら、どうすればいいのか。また、どのように謝ればいいのか。あるいは「謝罪」よりも必要なことがあるのか。などなど、「怒り」「謝罪」「仕返し」「赦し」にまつわる最新サイエンスが詰まった一冊です。

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