テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.08.30

『健康格差社会への処方箋』が教える、3つの格差対策

ピケティの警告

 近年、「格差」に対する関心がどんどん高まっているように感じます。新聞やテレビでは、毎日のようにニュースとして取り上げられています。日本でも話題となった世界的ベスセラーの『21世紀の資本』(トマ・ピケティ著)は、100年間の歴史分析を通して、格差をそのまま放置しておけばさらに格差が拡大することを警告しました。

 ただし、ひとくちに格差と言っても語り方はさまざまです。今回は、『健康格差社会への処方箋』(近藤克則著、医学書院)にそって、「健康格差」について紹介したいと思います。

 なお著者の近藤克則氏は、2005年発刊の『健康各社社会-が心と健康を蝕むのか』(医学書院)において「健康格差」について早期に日本社会に警告した医学研究者です。現在、千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門かつ同大学院医学研究院公衆衛生学の教授であり、国立長寿医療研究センターで老年学・社会科学研究センター老年学評価研究部長も務められています。

東洋経済とNスペで特集

 「健康格差」は、昨年、ビジネス誌の「週刊東洋経済」やNHKスペシャルで特集テーマとして取り上がれ、話題となりました。注目を集めはじめたのは、現実に健康格差の拡大に苦しんでいる人たちが増えているからではないでしょうか。

 はじめに、どうして健康格差は生まれるのかについて探っていきます。近藤氏は、3つの視点から原因を解説しています。1つ目は「ライフコース」、2つ目は「仕事と健康」、3つ目は「遺伝と環境」です。

「ライフコース」「仕事」「遺伝」

 1つ目の「ライフコース」ですが、本書で「生まれる以前の親の社会階層などの因子や、生下時体重などの出生時の因子から成人期に至るまでのライフコースの因子が、健康状態にまで影響しているという理論に基づく研究」とあり、本人の胎児から成人に至る長期の生活過程だけでなく、親世代の生活状態などの影響にも注目しています。

 2つ目の「仕事と健康」というテーマにおいては、長時間労働や職業性ストレス、非正規雇用など雇用形態が健康に悪影響を及ぼすことを述べています。

 3つ目の「遺伝と環境」では、社会的弱者は不健康が多いという健康格差を示した上で、「社会的弱者が生まれる一因として、遺伝は関与しているが(中略)育ち(環境)の影響は、全体としてみれば遺伝と同等以上にあると思われる」と解説しています。

 いずれにしても、健康格差の原因は経済と密接に結びついているようです。つまり、健康格差と経済格差は切っても切れない関係にあるのでしょう。

スキルアップが健康につながる

 上に挙げた3つのうち、「仕事と健康」がみなさんにとって一番身近なテーマではないでしょうか。ここでは、「仕事と健康」という視点から健康格差の対策をご案内します。

 近藤氏は、個人、職場、国の3つのレベルの対策が必要と指摘しています。まず、個人レベルでは、職業能力やストレス対処スキル、社会スキルの開発が健康格差の対策になると書かれています。仕事においてはストレスが健康に大きな影響を及ぼします。自分の能力を超えた要求をされた時、人はストレス状態になります。

 そのため、職業能力の向上はストレス対策になるのです。また、社会スキルの向上は社会的サポートを受ける手立てになります。

3つのレベルの対策が必要

 もちろん、個人レベルだけの対策では限界があります。企業には成果主義や非正規中心の雇用形態を修正するなど、個人のストレスをなるべく減らす取り組みが期待されます。そうした企業の取り組みを生み出していくためには、国レベルでの対策も不可欠です。

 とはいえ、企業や国が動かなければ個人はどうしようもないというわけではありません。企業や国の動きを注視しつつも、個人レベルでできることから試してみることが大事です。

 例えば、本書にしたがうなら、職場でのストレスを減らすには、まずはスキルアップと休息の時間を確保することです。

 その他にも、個々それぞれに合う方法があるはずです。一度、じっくりと生活を見直し、自分なりのオリジナルな方法を見つけてみてはいかがでしょう。

<参考文献>
『健康格差社会への処方箋』(近藤克則著、医学書院)
http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=89174

<関連サイト>
近藤克則氏のホームページ
http://katsunorikondo.wixsite.com/webpage
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

「集権と分権」から考える日本の核心(5)島国という地理的条件と高い森林率

日本の政治史を見る上で地理的条件は外せない。「島国」という、外圧から離れて安心をもたらす環境と、「山がち」という大きな権力が生まれにくく拡張しにくい風土である。特に日本の国土は韓国やバルカン半島よりも高い割合の...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/15
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
2

地球上の火山活動の8割を占める「中央海嶺」とは何か

地球上の火山活動の8割を占める「中央海嶺」とは何か

海底の仕組みと地球のメカニズム(1)海底の生まれるところ

海底はどうやってできるのか。なぜ火山ができるのか。プレートが動くのは地球だけなのか。またそれはどうしてか。ではプレートは海底の動きの全てを説明できるのか。地球史規模の海底の動きについて、海底調査の実態から最新の...
収録日:2020/10/22
追加日:2021/05/02
沖野郷子
東京大学大気海洋研究所教授 理学博士
3

「国際月探査」とは?アルテミス合意と月探査の意味

「国際月探査」とは?アルテミス合意と月探査の意味

未来を知るための宇宙開発の歴史(9)宇宙開発を継続するための国際月探査

現在の宇宙開発は「国際月探査」を合言葉に掲げている。だが月は人類の移住先にも適さず、探査にさほどメリットがない。にもかかわらずなぜ「月探査」が目標として掲げられているのか。それは冷戦後、宇宙開発の目標を失った各...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/09/16
川口淳一郎
宇宙工学者 工学博士
4

成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ

成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ

経験学習を促すリーダーシップ(1)経験学習の基本

組織のまとめ役として、どのように接すれば部下やメンバーの成長をサポートできるか。多くの人が直面するその課題に対して、「経験学習」に着目したアプローチが有効だと松尾氏はいう。では経験学習とは何か。個人、そして集団...
収録日:2025/06/27
追加日:2025/09/10
松尾睦
青山学院大学 経営学部経営学科 教授
5

狩猟採集生活の知恵を生かせ!共同保育実現に向けた動き

狩猟採集生活の知恵を生かせ!共同保育実現に向けた動き

ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(3)共同保育を現代社会に取り戻す

ヒトは、そもそもの生き方であった狩猟採集生活でも子育てを分担してきた。それは農業社会においても大きくは変わらなかったが、しかし産業革命以降、都市化が進み、貨幣経済と核家族化と個人主義が浸透した。ヒトが従来行って...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/09/14
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長 元総合研究大学院大学長