●患者の思考の「偏り」をほぐす認知行動療法
話は変わって、今度は認知行動療法とはどんな治療をしているかをお話しします。うちでは、リラクゼーションしたり食事を立て直したりすることと並行して、認知行動療法という治療法を行っています。
うつ病の患者さんの多くは、実は考え方の偏りが非常に多いです。そこで復職に向けて、その偏りを安定させるために、認知行動療法が多く取り入れられています。認知行動療法は、薬物療法を併用することで効果が非常に高くなります。
(来院者は)ネガティブな思考や思い込み、決め付け、完璧主義が必要以上に多く含まれており、日常生活に支障を来しています。経営者の中には、こんな人はほとんどいないですね。経営者で(精神疾患に)なったという話は、外来ではほとんど聞いたことがありません。
さて、リワーク(プログラム)では、さまざまな年齢や職種、異なる性別の人が10人から12人ぐらいで集まって、お互いの考え方をいろいろ聞きながら疑似職場で訓練するということをやっています。ここの卒業生は600人ほどおり、その8割は復職しています。そういう仕組みを8年ほど行っています。
それから、卒業した後も土曜日にフォローアップしています。会社で嫌なことがあったら、そこに戻ってメンバーと話したり、職員と話したりすることで、再発を予防しているということです。こういう認知行動療法を、大体12回を1セットにしています。宿題もあります。
●行動を振り返り、考え方の「くせ」を見つける
具体的な例を見ましょう。Hさんです。37歳でIT技術者、すごくIQが高くて頭が良い方です。(うつ病になった)経緯は、異動後、業務への不適応で対人関係の悪化により休職したということでした。来院した時、職場に対する怒りが大きく、とにかく職場が悪い、とおっしゃっていました。自分自身に目が向いていない人が多いのです。
そこでこの人に認知行動療法を施しました。具体的には、ストレスの場面やそのときの状況を挙げて、ご自身の考え方が極端になっていないか確かめてみましょうという形で、認知行動療法は始まります。状況としては通勤訓練中に、同期と上司にすれ違ったのですが、相手から挨拶がなかった。その時の考えは、自分は相手に「認められていない」と思ってしまったということでした。
この考え方にどんなくせがあるかを調べてみますと、認知のくせとして「思い込み」、すなわち理由もなく決め付けていることが分かりました。「その時の気分はどうでしたか」と本人に聞くと、悲しみと絶望感があり、せっかく会社に行ったのに認めてもらえなかったとおっしゃっていました。相手に認められないと考えるから、悲しいし絶望感を感じるのです。
では、その考え方が偏りすぎていないかを、事実ベースで確かめてみましょう。同期から目をそらされたと思う。上司とは目が合ったのに、歩く速度が変わらなかった。では反対に、相手に認められていないとは限らないことを示す事実を探してみましょう。そもそもこの人は、見つからないようにマスクをつけていたのです。そうしたら、「通勤時間に声をかけられる・かけられない」で認められないと判断することはできないと思えばいいのです。
事実ベースは、通勤時間は急いでいて声を掛けにくいし、マスクをしていたので挨拶されなくても仕方がない。ならば次は、自分から声を掛けてみたらどうですか。声を掛けられないことを望んでいたのに、声を掛けてほしいという矛盾があり、自分が望んだことをされて悲しむのは違うということです。
実は、こんな些細なことでうつになってしまうのです。経営者から見るとびっくりしてしまいます。それで、このような気持ちを切り替えると、悲しみというより、実は声を掛けられなくても当たり前だったことが分かります。実際にあったこういう場面を考え、なぜ自分がこうなったかを、皆の前で発表するのです。そうやって、皆が見ていると、他の人から見ると「おかしいな」「ああ、自分もそう思う」ということで、訓練がつけられるのですね。
自分自身の考えで矛盾している点に気付いたのです。(客観的に見て)当たり前と感じられることは、過度に相手に反応しなくてもよいのではないか。今になってみれば、気にしないでいいのだ、ということが徐々に分かります。時間をかけて、自分に起きたことを冷静に(振り返る)訓練する。大体2時間ぐらいのセッションで、10人ほどで発表します。これを毎回毎回やるわけですから、どんどん自分の考え方が偏っていたということが分かるのですね。
●「小さなつまずき」に気付くことが効果的な復職を可能にする
認知行動療法による変化は、参加当初は職場や上司への怒りがメインでしたが、徐々に自分自身に目が向くよう...