第40回出戻ったキキちゃん

　ねず美ちゃんの子どもにしては珍しく、細くて長い尻尾をしたキキちゃんは、美子ちゃんの両親に貰われ、マンションで飼われていました。うちの猫たちは自由に外に出られるのですが、キキちゃんはずっと部屋の中にいる猫でした。部屋は２階の角部屋で、１階に下りて行って芝生で遊ぶこともできたのですが、そこはノラの縄張りでした。だから外には、ベランダと玄関前ぐらいしか出られないので、ちょっと可哀想かなと思っていましたが、お父さん、お母さんに可愛がってもらっていたので、幸せに育ったのではないかと思います。

　キキちゃんが貰われて行ってから４年後にお父さんが亡くなり、それからはお母さんと暮らしていましたが、昨年お母さんが大腿骨骨折で入院し、そのあとリハビリで違う病院に入院しました。マンションに取り残されたキキちゃんの面倒は、猫の大好きなオカモトおばさんにお願いしました。僕らもときどきキキちゃんを見に行っていたのですが、お母さんが寝ていたベッドの下に潜り込んで出てこなかったりして、あまり元気がありませんでした。

　お母さんの手術もうまくいき、リハビリも終了して、杖があれば歩けるようになったのですが、マンションでの１人暮らしは、また転んで怪我をすることもあるかもしれないし、入院中に少し進んだ認知症も心配なので、マンションには戻らずケアハウス（老人ホーム）に入ることになりました。

　それはいいのですが、問題はキキちゃんです。わが家にいる３匹の猫たちは仲が悪く、それぞれがテリトリーを奪い合っているようなところがあり、そこにキキちゃんを連れてくるのは問題です。おそらく先住の３匹に意地悪されたり追い出されたりするかもしれません。

　キキちゃんの世話をしてくれていたオカモトさんが、「私が引き取ってもいい」と言ってくださったのですが、オカモトさんのマンションでは猫を飼うことは禁止されていて、結局はダメになりました。

　かくなるうえは、わが家で引き取るしかありません。オカモトさんは、キキちゃんの愛用していた毛布や、キキちゃんの手入れをしていたクシやブラシを、まるで嫁入り道具のように用意してくれました。キキちゃんが少しでもわが家に馴染むようにという心遣いです。

風呂に入っていると必ず入ってくるキキちゃん。

　最初は僕たちの寝室にキキちゃんを入れて、キキちゃんが使っていた猫トイレも用意して、わが家に慣れてもらうことにしました。寝室は１階にあり、１階の和室とリビングはたびちゃんとタバサちゃんの縄張りです。タバサちゃんはキキちゃんにすぐ気が付いて、落ち着かない様子でした。

　キキちゃんがいじめられることが心配だったのですが、意外や意外、かなり強気な態度でたびちゃん、タバサちゃんに近付いていきます。考えてみれば、キキちゃんは他の猫を威嚇した経験もなかったので、そのぶん伸び伸び育ったと言えます。怖いのはノラですが、ノラに比べればうちの猫たちはおっとりしているので怖くないのかもしれません。

　２階にいるねず美ちゃんは、キキちゃんの存在は知っていましたが、無視していました。１階にもまったく顔を見せず、キキちゃんに会おうともしませんでした。自分の娘が出戻ってきた、イヤだなぁ、と思っていたかどうか知りませんが、わざと無視しているような感じでした。

　最初のうちは、キキちゃんがたびちゃん、タバサちゃんに「なんだよ～」といった感じで近付き、なんとなく受け入れられているような感じもありました。窓側に置いたお客さんが使った布団の上で、３匹が（少し距離を取りながら）寝ていたこともありました。しかし、いつの間にかキキちゃんは和室から追い出されたようで、持ち場は洗面所と風呂場とその廊下といった、かなり狭いエリアになっていました。洗面所と風呂場の間にあるタオル置場が、キキちゃんのベッドになりました。

布団の上でやや緊張しながらも一見仲よくしているタバサ、たび、キキ（左から）。

キキちゃんのベッドはタオルの上。

　キキちゃんは、お母さんと暮らしていたころは、僕らが遊びに行ってもまったく愛想がなく、僕らはいつも無視されていたのですが、うちに来てからはガラリと態度が変わりました。洗面所のタオルの上に寝ているキキちゃんに近付いただけで、ものすごく大きな音でゴロゴロ言って甘えるのです。トイレに入っても、ゴロゴロ言いながら入ってきて、足にすり寄ってきます。猫のゴロゴロは人間を癒す効果があります。わが家の他の３匹は愛想がないので、キキちゃんは一生懸命大きな音でゴロゴロ言って可愛がってもらおうとしているのかもしれません。そう思うとキキちゃんが不憫になってきて、つい撫で撫でしてしまうことになるのです。

※次回：第41回は1/16(月)、公開予定です。お楽しみに。