DATE/ 2017.01.16
第41回 屋根の上のキキちゃん
キキちゃんがお母さんとマンションで暮らしていたときは、ベランダから見える下の広い芝生でゴロゴロ転がってみたいと思っていたに違いありません。ノラの血を引くキキちゃんですから、土の上を歩いたり、草や木の匂いを嗅いだりしたかったのでしょう。しかし、そこはノラの縄張りだったので、下りて行くことができませんでした。
キキちゃんが出戻ってきて、キキちゃんにとって何より嬉しかったのは、玄関の猫の出入り口から自由に外に出られることだったのではないかと思います。庭石に溜まった水を飲んだり、隣の家の広い庭にお邪魔したり、ブロック塀を伝ってどこかに行ったり、徐々にキキちゃんの行動範囲が広がっていきました。
庭石に溜まった水を飲もうとしているキキちゃん。
キキちゃんは子猫ではないのでそんなに心配しないで、うちにいる他の猫と同じように、自由に出入りさせていました。ある日、夜になってもキキちゃんが帰ってこないことがありました。
翌日、美子ちゃんは近所をウロウロ探し回りました。すると、小さな鳴き声が、お隣の下村さんちの隣の家のほうから聞こえてくるので行ってみると、その家の屋根にキキちゃんがいることがわかりました。
楽しくてあちこち登ったりしているうちに、その家の屋根に登り下りられなくなったようです。美子ちゃんが、お隣の下村さんに言って覗かせてもらったら、屋根の上のキキちゃんはとても不安そうにしていました。その家は留守だったので、勝手に入ることはできません。下村さんちから様子を伺うしかありません。
外の経験が浅いキキちゃんは、調子に乗って屋根に登ってはみたものの、下り方がわからなかったのです。美子ちゃんが知り合いに電話して相談したら、その人が市役所に問い合わせてくれました。市役所の人は警察に電話するように言ったとかで、美子ちゃんはとりあえず警察に電話して事情を話したら、30分ほどしてしぶしぶ2人の警官が来てくれました。そして、下村さんちの2階に上がって、窓からキキちゃんの様子を確認してくれたのですが、「消防車を呼んでハシゴを出すのはオオゴトになりますから、しばらく様子を見たらどうですか。お腹が空いたら下りてくるでしょう」と言って帰って行きました。
夕方になり、雨が降ってきました。下村さんちには、庭の木を手入れする長いハシゴがあるのですが、不安そうに屋根を見つめている美子ちゃんを見かねて、下村さんちのお嬢さんがその長いハシゴを持ってきてくれました。美子ちゃんは、下村さんちの敷地にハシゴを立て、隣の家の屋根にいるキキちゃんにどうにか手が届くところまで登りました。
キキちゃんは素直に横抱きにされたそうです。キキちゃんも屋根から下りられなくて不安だったのでしょう。ハシゴのおかげで、美子ちゃんは難なくキキちゃんを救出することができたのでした。それ以来キキちゃんも慎重になったのか、そういうことは二度と起こりませんでした。
お母さんが入居したケアハウスは、うちから歩いて8分ほどのところにあり、骨折も回復し元気になったお母さんは、ときどきキキちゃんに会いに来ます。
ところが、猫というものはゲンキンなもので、お母さんが「キキちゃ~ん」と言って頬ずりしても、キキちゃんはお母さんに甘えようとはしません。何年も一緒に暮らしたお母さんのことは忘れてしまったかのように、実にあっさりしています。僕らにするように大きい声でゴロゴロ言うこともありません。
お母さんにダッコされてもよそよそしい。
何か貰うときだけはなついてくる。
お母さんが入院中に、日に2回マンションに通って、キキちゃんの世話をしてくれたオカモトさんがうちに来たときも、実にあっさりしたものでした。キキちゃんの態度が前と違うので、オカモトさんは寂しがっていました。
それが猫の生きる知恵なのでしょうか。いまを生きてゆくために、過去のノスタルジーなんか切り捨てているのでしょうか。それとも、ノスタルジーなんかもともと猫にはないのでしょうか。
※次回:第42回は1/23(月)、公開予定です。お楽しみに。
キキちゃんが出戻ってきて、キキちゃんにとって何より嬉しかったのは、玄関の猫の出入り口から自由に外に出られることだったのではないかと思います。庭石に溜まった水を飲んだり、隣の家の広い庭にお邪魔したり、ブロック塀を伝ってどこかに行ったり、徐々にキキちゃんの行動範囲が広がっていきました。
キキちゃんは子猫ではないのでそんなに心配しないで、うちにいる他の猫と同じように、自由に出入りさせていました。ある日、夜になってもキキちゃんが帰ってこないことがありました。
翌日、美子ちゃんは近所をウロウロ探し回りました。すると、小さな鳴き声が、お隣の下村さんちの隣の家のほうから聞こえてくるので行ってみると、その家の屋根にキキちゃんがいることがわかりました。
楽しくてあちこち登ったりしているうちに、その家の屋根に登り下りられなくなったようです。美子ちゃんが、お隣の下村さんに言って覗かせてもらったら、屋根の上のキキちゃんはとても不安そうにしていました。その家は留守だったので、勝手に入ることはできません。下村さんちから様子を伺うしかありません。
外の経験が浅いキキちゃんは、調子に乗って屋根に登ってはみたものの、下り方がわからなかったのです。美子ちゃんが知り合いに電話して相談したら、その人が市役所に問い合わせてくれました。市役所の人は警察に電話するように言ったとかで、美子ちゃんはとりあえず警察に電話して事情を話したら、30分ほどしてしぶしぶ2人の警官が来てくれました。そして、下村さんちの2階に上がって、窓からキキちゃんの様子を確認してくれたのですが、「消防車を呼んでハシゴを出すのはオオゴトになりますから、しばらく様子を見たらどうですか。お腹が空いたら下りてくるでしょう」と言って帰って行きました。
夕方になり、雨が降ってきました。下村さんちには、庭の木を手入れする長いハシゴがあるのですが、不安そうに屋根を見つめている美子ちゃんを見かねて、下村さんちのお嬢さんがその長いハシゴを持ってきてくれました。美子ちゃんは、下村さんちの敷地にハシゴを立て、隣の家の屋根にいるキキちゃんにどうにか手が届くところまで登りました。
キキちゃんは素直に横抱きにされたそうです。キキちゃんも屋根から下りられなくて不安だったのでしょう。ハシゴのおかげで、美子ちゃんは難なくキキちゃんを救出することができたのでした。それ以来キキちゃんも慎重になったのか、そういうことは二度と起こりませんでした。
お母さんが入居したケアハウスは、うちから歩いて8分ほどのところにあり、骨折も回復し元気になったお母さんは、ときどきキキちゃんに会いに来ます。
ところが、猫というものはゲンキンなもので、お母さんが「キキちゃ~ん」と言って頬ずりしても、キキちゃんはお母さんに甘えようとはしません。何年も一緒に暮らしたお母さんのことは忘れてしまったかのように、実にあっさりしています。僕らにするように大きい声でゴロゴロ言うこともありません。
お母さんが入院中に、日に2回マンションに通って、キキちゃんの世話をしてくれたオカモトさんがうちに来たときも、実にあっさりしたものでした。キキちゃんの態度が前と違うので、オカモトさんは寂しがっていました。
それが猫の生きる知恵なのでしょうか。いまを生きてゆくために、過去のノスタルジーなんか切り捨てているのでしょうか。それとも、ノスタルジーなんかもともと猫にはないのでしょうか。
※次回:第42回は1/23(月)、公開予定です。お楽しみに。