佐藤鉄太郎の7割神話が崩れ、大鑑巨砲主義を考えた日本海軍
戦前日本の「未完のファシズム」と現代(7)海軍の役割
戦前の海軍は、ペリー来航以来、仮想敵国であったアメリカの出方を見ながら、さまざまな戦略を掲げていた。そこで出てきたのが佐藤鉄太郎の7割神話である。しかし、やがて敵の「7割あれば勝てる」というビジョンが揺らいでくる...
収録日:2020/02/26
追加日:2020/07/28
蝦夷地を占領した「榎本政権」の二つの誤算
明治維新から学ぶもの~改革への道(6)榎本海軍と北海道の戦い
榎本武揚率いる旧幕府海軍は、戊辰戦争の最後を飾る一幕となった。勝海舟から東北戦争に関わらぬよう忠告された榎本は仙台に立ち寄り、多数の将兵を収容し、蝦夷地へ向かう。瞬く間に函館を占領した彼らは、事実上の政権を成立...
収録日:2018/11/13
追加日:2019/04/27
海底に突き刺さる旧日本海軍の潜水艦「伊58」を特定!
五島列島沖合の海没処分潜水艦群調査(1)目的と潜水艦史
2015年に五島の沖合で24艦の潜水艦が発見されたとのニュースがあったのを、ご記憶の方もいるだろうか。浦環氏は、この潜水艦の全ての艦の特定を行った。なぜこのような調査を行うのか、潜水艦を特定することにどのような意味が...
収録日:2018/03/23
追加日:2019/01/26
中国海軍と海上自衛隊の意思決定プロセスの違い
昨今の軍事情勢と意思決定プロセスの重要性
アメリカ以外で優れた意思決定プロセスを採っている国はどこか。中国海軍の現状はどう判断できるか。意思決定プロセスの研究は、今後の海上自衛隊に何をもたらすか。海上自衛隊幹部学校長・山下万喜氏が、昨今の軍事情勢と意思...
収録日:2015/06/15
追加日:2015/10/29
海上自衛隊はアメリカ海軍に学んでいる
海上自衛隊の人材育成と米海軍との連携がもたらすもの
海上自衛隊幹部学校長・山下万喜氏が、あまり知られていない自衛隊員のキャリアパスやアメリカ海軍との連携について語る。欧米流の意思決定プロセスを身に付けなければ、相手に話を聞いてもらえない。グローバル化・高度情報化...
収録日:2015/06/15
追加日:2015/10/22
アメリカ海軍の意思決定プロセスに学ぶ
意思決定プロセスに見る日米比較
日本人からすると、一見迂遠な手続きに見える意思決定プロセスは、多様な出自を持つ人が出すさまざまなアイデアをまとめ上げていくためのアートだ。アメリカ人の身体に染み付いている意思決定プロセスから、日本人の決断思考に...
収録日:2015/06/15
追加日:2015/10/15
レイテ沖海戦…栗田艦隊「謎の反転」の意図を解き明かす!
戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断(4)レイテ沖海戦・栗田健男
海上自衛隊幹部学校長・山下万喜氏による、戦史に見る意思決定プロセス分析シリーズ。今回は、意思決定の成否を大きく左右する「使命分析」の重要性を、昭和19(1944)年のレイテ沖海戦において「謎の反転」を行った栗田...
収録日:2015/07/29
追加日:2015/10/08
ミッドウェー海戦の敗因…南雲忠一はなぜ決断を誤ったのか
戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断(3)ミッドウェー海戦・南雲忠一
昭和17(1942)年のミッドウェー海戦で大敗を喫した指揮官・南雲忠一の判断ミスは、適切な情報の不足に由来していた。なぜ南雲は、魚雷のままでよかった攻撃機の装備を、あえて敗因になった爆弾に変えたのか。海上自衛隊...
収録日:2015/07/29
追加日:2015/10/01
なぜ山本五十六は真珠湾への「奇襲攻撃」を選択したのか?
戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断(2)真珠湾攻撃・山本五十六
当時の日本海軍にとって画期的な作戦だった昭和16(1941)年12月8日の真珠湾奇襲攻撃は、連合艦隊司令長官・山本五十六の卓抜な決断によって可能となったものだった。海上自衛隊幹部学校長・山下万喜氏が、現代の意思...
収録日:2015/07/29
追加日:2015/09/24
「話せばわかる」「問答無用、撃て」…五一五事件の真相
本当のことがわかる昭和史《3》社稷を念ふ心なし――五・一五事件への道(17)海軍の青年将校が主導した五・一五事件
1931年の三月事件と十月事件の流れが、翌年の1932年5月15日に起きた、あの五・一五事件につながる。首謀者は、国家改造を目指す若手海軍士官の集まりである王師会の主要メンバーだった。上智大学名誉教授・渡部昇一...
収録日:2014/12/22
追加日:2015/08/27
「軍」というものの宿命ゆえに海軍内部に残ったしこり
本当のことがわかる昭和史《3》社稷を念ふ心なし――五・一五事件への道(12)「条約派」と「艦隊派」の対立という悲劇
1930年のロンドン海軍軍縮会議では、日本海軍の軍備が大幅に制限され、艦隊派(反対派)と条約派(条約推進派)の対立が起こった。そして、1933年とその翌年、条約派の主立った面々が予備役に回されることになり、海軍...
収録日:2014/12/22
追加日:2015/08/27
バルチック艦隊激破以来、競争率が大幅にアップした職場
本当のことがわかる昭和史《3》社稷を念ふ心なし――五・一五事件への道(10)派閥意識が少なかった「薩の海軍」
明治時代に海軍大将になった人は、皇族は別として14人中13人が薩摩出身、海軍中将も72人のうち29人が薩摩の出身者で、当時の海軍は「薩の海軍」といわれるほど薩摩閥の全盛時代だった。しかし、薩摩の人たちには、派閥...
収録日:2014/12/22
追加日:2015/08/27
なぜ東郷平八郎はバルチック艦隊を対馬で迎え撃ったのか?
戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断(1)日本海海戦・東郷平八郎
「もしも自分が東郷平八郎だったら・・・」バルチック艦隊の迎撃作戦でどんな決断を下すだろうか。海上自衛隊幹部学校長・山下万喜氏が、現在西側諸国を中心に使われている意思決定プロセスを日露戦争・日本海海戦に適用し、そ...
収録日:2015/06/15
追加日:2015/07/20
地中海で学んだ通商破壊戦の重要性を帝国海軍は生かせず
第一次世界大戦100年と日本(3)生かされない教訓
日本人の第一次世界大戦に対する意識は、今も当時も希薄だ。だが、実は日本軍は陸軍・海軍ともに参戦し、地中海にも軍を派遣していた。第一次世界大戦における日本の意外な動向とその影響を、歴史学者・山内昌之氏が語る。シリ...
収録日:2015/04/15
追加日:2015/05/25
日本海軍の第二特務艦隊、地中海で奮戦す…その成果と教訓
第一次世界大戦から100年にあたって(3)第一次世界大戦における日本
概して、日本人の第一次世界大戦に対する見方は希薄であるが、この大戦が日本の立場を大きく変化させたのは確かである。その変化は何を日本にもたらしたのか? また何が第二次世界大戦の悲劇につながったのか? 山内昌之氏が...
収録日:2014/11/05
追加日:2014/12/30