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イランから大使召還!サウジアラビアの関心を誘うヨルダン

アメリカとサウジ同盟関係の終焉(6)サウジとヨルダン

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/明治大学研究・知財戦略機構国際総合研究所特任教授
情報・テキスト
ヨルダンのアブドゥッラー国王
サウジアラビアは、女性の自動車運転を法律で禁止している国である。そんなサウジアラビアでようやく女性を国家の財産と認めたのは、「ビジョン2030」の功績といえよう。サウジアラビアの今後の変化の見通しについて、ヨルダンとの関係を中心に、歴史学者・山内昌之氏に解説いただく。(全7話中第6話)
時間:10:52
収録日:2016/08/02
追加日:2016/09/15
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≪全文≫

●サウジ女性の未来の強化を目指すビジョンとその障害


 皆さん、ご機嫌いかがですか。今日は前回に引き続き、サウジアラビアの「ビジョン2030」について、女性問題を中心に触れてみたいと思います。

 アメリカは、女性の労働参加率を高めるよう、サウジアラビアに常に求めてきました。ご案内の方も多いと思いますが、サウジアラビアでは女性が自動車を運転することも認められていません。

 「ビジョン2030」では、現在22パーセントほどといわれている女性の労働参加率を30パーセントまで高めると公約しています。この「ビジョン」は従来のサウジアラビアの公式見解の枠をかなり超えて、サウジアラビアの女性が国家の大きな財産であることをはっきり認め、「大学卒の50パーセント以上が女性である以上、彼女たちの高度なスキルや才能を発揮できる場所が必要だ」と公言しています。

 この点では、サウジアラビアのライバルで、敵性国家といってもいいイランの方がはるかに女性進出の度合いが高く、女性の管理者が男性の上に立つ例も多く見られますが、サウジではそういうことはありません。

 こうした点において、MbS(サウジアラビアのモハメッド・ビン・サルマン副皇太子)が女性の登用や社会進出に関心を示すのは誠に結構なことですが、実はこれにはかなりの障害もあります。その一つは、サウジアラビアの宗派で国教ともいうべきワッハーブ派が厳しく女性の隔離を制度化し、差別してきた歴史と伝統を持っているからです。


●サウジが民主党ヒラリー陣営に保険をかけた?


 歴史や伝統と決別できるかどうかはなかなか難しい点ですが、女性の未来の強化は社会発展や経済の活性化につながるという「ビジョン2030」の言い方自体は、正しいものがあります。

 この「ビジョン2030」はサウジアラビアの内政改革だけではなく、アメリカとの失われた信頼関係の回復や関係修復にも役立つ可能性を持つものとなりました。現実にMbSは、この「ビジョン2030」を携えて訪米し、6月17日にバラク・オバマ大統領と会談しています。この時、サンフランシスコのある企業に130億サウジ・リアル(約3600億円)の巨額な投資を約束したといわれています。

 また、後から否定されましたが、ヒラリー・クリントン大統領候補の陣営に対して選挙活動資金の20パーセントを負担している、あるいは負担する(どちらかなのか、曖昧なところですが)といった内容をヨルダンのある通信社に不用意に漏らしました。

 これはもちろんアメリカの法制に違反するわけで、この報道はただちに取り消されました。しかし、オバマ大統領との関係が悪く、伝統的に共和党と比べて民主党との関係があまり良くなかったサウジアラビアが、新しい世代では民主党、ひいてはヒラリー候補が大統領選に当選した場合に備えて保険をかけ、民主党との関係を好転させようという狙いがあったのかもしれません。


●ヨルダンはサウジとくみするかのようにイランから大使を召還


 この間、サウジアラビアは内政と外政に関して、すこぶる興味深い動きを示しています。中でも私たちの注目を引くのは、サウジアラビアとヨルダンの関係、あるいはサウジアラビアとイスラエルとの関係です。

 最近ヨルダンは、イラン・イスラム共和国のテヘランから大使を召還しました。サウジアラビアのサウード王家とライバル関係にあったハーシム王家のヨルダン王国は、最小限の損失と最小限の犠牲によってヨルダン国家とハーシム王朝の存亡危機を乗り切ってきた伝統を持っています。

 1967年の第三次中東戦争、ヨルダン王国の要域全体をうかがって、それをパレスチナ国家にしようとしたアラファートの野望、これを1970年に封じ込めた「黒い九月」事件、さらにアメリカなどの多国籍軍とサダム・フセインのいずれにくみするかで1991年にヨルダン国家を分裂させた湾岸戦争、これらはいずれもヨルダンの国のあり方を根本的に壊しかねない危機でしたが、こうした瀬戸際の試練をヨルダンはくぐり抜けてきました。

 そうした知恵や経験からか、最近のサウジアラビアとイランの関係悪化に対して、ヨルダンはサウジアラビアの方にくみするかのようにテヘランから大使を召還しました。また、アンマンに置かれていたムスリム同胞団のヨルダン本部(エジプトではすでに非合法とされ活動を禁止されたムスリム同胞団は、ヨルダンではまだ活動中でした)の閉鎖にも打って出たわけです。


●ヨルダン国王からの接近と、MbSの訪問


 ヨルダンのアブドゥッラー国王はさらに、リビアに活動の拠点を持っているIS(イスラム国)と戦うために特殊部隊の派遣に同意し、隣接するシリア国境南部にあるデラーという町を占拠中のISと戦うためにヨルダンの戦闘部隊を派...
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