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ヘーゲルの弁証法は実際に使える思考テクニック

西洋哲学史の10人(8)ヘーゲル 弁証法

貫成人
専修大学文学部教授/文学博士
情報・テキスト
ヘーゲル
伝統的な西洋哲学を完成したとされるヘーゲルは、弁証法という哲学的手法を用いた。この手法は対立する立場を維持しつつ、上位の解を見つけていくというものであり、実際に使える思考のテクニックである。専修大学文学部教授の貫成人氏が弁証法の具体的な手法を複数の事例から解説する。(全10話中第8話)
時間:11:10
収録日:2018/02/09
追加日:2018/06/15
ジャンル:
≪全文≫

●ヘーゲルは伝統的な西洋哲学を完成させた


 8回目はヘーゲルです。ヘーゲルは、近代哲学、あるいは伝統的な西洋哲学を完成した人であると考えられています。したがって昔の哲学史の教科書は、最後はヘーゲルで終わるのが通例でした。いわゆる古典的な哲学の集大成をした人です。

 ヘーゲルもさまざまな著作を残しましたが、彼の哲学的な手法として重要なのは、いわゆる弁証法です。弁証法という言葉はいろいろな所で聞くことがあるかと思いますが、これがどういうものであるのかということを今日はお話ししたいと思います。



 ヘーゲルはカントより少し後にシュトゥットガルトで生まれました。シュトゥットガルトは南ドイツのバイエルンにおける大きな街です。実は、ヘーゲルが生まれた頃と同時期にドイツでゲーテやシラーなども生まれていました。ヘーゲルは、いわば黄金世代の一人で、作曲家のベートーヴェンと同い年生まれでした。音楽はヘーゲルも非常に好きだったのですが、実はベートーヴェンは嫌いだったと言われています。ちなみに、ヘーゲルが好きだったのはイタリアオペラでした。

 ヘーゲルは、哲学で『精神現象学』や『論理学』といった著作を残しているだけでなく、『美学講義』や『歴史哲学』といった非常に多岐にわたる業績を残しています。彼はベルリン大学で教えていたのですが、これらは大部分がベルリン大学での講義記録でした。

 彼の考えの最も中心に弁証法があるのですが、それがどういうものなのかということをお話しします。


●対立する2つの立場を維持しつつ上位の解を見つける弁証法




 弁証法という言葉を聞くと、大体よく出てくるのが「定立」と「反定立」、そして「総合定立」といった言葉です。定立や反定立では何を言っているのかよく分かりません。しかし簡単にいってしまえば、同じ問題について2つの相対立する立場がぶつかり合っている、そういう状態であると考えれば良いのです。

 スライドに小さい字で「小樽」と「蔵王」と書いてあります。例えば、ある若い夫婦がいて、正月休みにどこか旅行に行こうというとき、1人はおいしい海産物が食べたいから小樽に行きたいと言い、もう1人はスキーがしたいから蔵王に行きたいと言ったとします。小樽と蔵王では、山と海で全く違うため、うまくいきません。これは一方が定立で、他方が反定立であるといえます。

 このままでは喧嘩が収まりません。どうすれば良いかというと、普通にいえば妥協をするわけです。妥協するとなると、どうすればいいか。妥協というのは、一方の立場だけを取り上げて他方を捨てることではありません。一旦両方とも残して両方の良いところを取り、対立点を回避するというのが、正しい妥協です。この妥協のことをヘーゲルは「止揚」と呼びました。どうしてわざわざ難しい言葉を使うかは分かりませんが、ともかく止揚と呼んだのです。そうして、2人の立場を維持しながら、より上位の解を見つけていくのですが、そうして見つけられたものを「総合定立」と呼びます。

 先ほどの話でいえば、小樽ではスキーができず、蔵王では海産物が食べられないので、その代わりに例えば洞爺湖に行けば、スキーもできるし、おいしい海の幸も食べられる、という形で解決を図ることができます。しかも洞爺湖に行けばとても良い温泉もあるので、プラスアルファがあり、丸く収まります。これがこの場合の解決法であり、総合定立なのです。つまり、小樽と蔵王という、定立と反定立の2つを使用して、洞爺湖という総合定立に至るということです。


●弁証法の積み重ねによって全てを包括し、最高の境地に達する


 ヘーゲルの哲学にはもちろん、正月休みの使い方ではなく、もう少し違う話の中で定立と反定立が出てきます。『精神現象学』という書物は、ヘーゲル哲学の入門書といわれています。ただ、入門書という割には分厚く読みにくく、入門できるようなものではありません。

 この本では、まさに弁証法を積み重ねていくことによって、全て包括するような最高最大の境地に達するのだ、ということが書かれています。出発点は非常に単純で、この本では「何が確実か」ということをテーマに話が進んでいきます。最初に「今ここ」ということについて論じられます。「今ここ」というのは何が確実なのかということが議論されるわけです。

 例えば、昨日のことはもうよく分からないし、明日のことはまだ分からないけれども、「今ここ」に何があるのかは見れば分かります。これこそ確実だと言えるだろう、というのが最初の定立です。

 ところが「今ここ」というのは、今皆さんがご覧になっているモニターかもしれません。しかし10分後、この話が終わった後の「今ここ」...
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