●武力攻撃から非対称兵器へ――国家安全保障上の脅威に対する違う見方
山口芳裕と申します。今日は医療、あるいは健康被害という観点から国家の安全保障についてお話をさせていただきます。その第1回として、まずは「非対称兵器」についてお話をさせていただきます。
わが国が安全保障上の脅威をどう捉えているか。これは、内閣府が毎年編纂している『国家安全保障戦略』を見ると、その概要がうかがえます。実際にこれを見ると、日本という国家は安全保障上の脅威を明確に「武力攻撃」と捉えていることが分かります。
武力攻撃といえば、ミサイルが飛んでくるとか爆撃機が爆弾を投下するなど、目に見える形の脅威です。こういう兵器のことを「オバート(overt:明白な、公然の)な兵器」と申します。ですから、わが国はこれに対抗する最終的な安全保障上の担保を、防衛力の強化と位置づけているわけです。
しかしながら諸外国、特に先進諸国は国家安全保障上の脅威に少し違ったものの見方をしています。例えば、2024年4月の米国下院の特別委員会では、アメリカで大変問題になっている麻薬中毒の原因であるフェンタニルという麻薬が、中国の国家的な戦略によって持ち込まれているということが報告されています。
このフェンタニル中毒なるものは非常に大きな問題になっていて、米国内の中毒患者は数百万人に上り、年間8万人以上が死んでいます。下院の特別委員会の表現を用いると、「毎日、大型旅客機が落ちているぐらい」の死者、すなわち200人以上が死んでいるほどの大きな問題になっています。実際、10代から40代の死因の第1位がこの中毒になっていますし、このことが米国国民の平均年齢を大きく押し下げてもいるわけです。
先日、ロサンゼルスへ行ってみますと、大きな繁華街の至るところで、足元も覚束なく、這い回るような──現地の人は「ゾンビ」と呼んでいます──中毒者がいたるところに見られます。現地の人に、「どうしてこんなに多いのか」と訊いてみると、「とにかく入手しやすい。そして安価である」ということを言っています。
実際、1アンプル(で済み、)1日1本注射をすると気持ちいい状態になってしまうわけですが、この1アンプルの値段はタバコ1箱よりも安いのです。こうしたことが中国の国家的な戦略によって意図的にもたらされているとすれば、これを脅威といわずになんというでしょう...