●トルコ与党弱体化の背景にイランとの関係あり?

  • 2015年6月に行われたトルコの総選挙で、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領の与党AKP(公正発展党)は、議会における圧倒的多数派の地位を得ることに失敗した。世間ではあまり語られていない要素だが、この背景には、実はイランとトルコとの関係がある。
トルコとイランの関係(1)イラン革命から21世紀へ(山内昌之)

●ホメイニーの革命までは友好関係だった両国

  • トルコは、スンナ派の総帥ともいうべき過去を持っていたオスマン帝国を継承した国。一方、イランは、サファヴィー朝・ガージャール朝というシーア派の長い伝統を継承した。
  • 1937年のサーダーバード条約から1979年のルーホッラー・ホメイニーによる革命に至るまで、二つの国は友好関係を維持してきた。しかし、ホメイニーの「シーア派革命の輸出」という考え方は、世俗主義のトルコとは水と油の関係だった。
  • トルコでは1980年に事実上の軍事クーデターが起こる。世俗主義の守護神を自負するトルコ国防軍は、イランを世俗主義(セキュラリズム)に対する脅威と考え、トルコ政府はイランをテロ支援国家の一つと見なして厳しく批判し、両国の関係は緊張するようになり、1990年代に入っても、この敵対関係は続いた。
トルコとイランの関係(1)イラン革命から21世紀へ(山内昌之)

●無敵となったAKP政権の新オスマン外交で両国は友好関係へ

  • 2008年のエルゲネコン裁判で、トルコ国防軍は元首脳らを逮捕・収監したため、軍の地位は著しく低下。これによりエルドアンとAKPの政界における地位を無敵の存在に。
  • 当時の外相で、現首相のアフメト・ダウトオールは、トルコ外交の立ち位置を、EUや欧米、ひいては世俗主義に基づく原理から、オスマン帝国の栄光期を思い出すような世界観の外交である「近隣との問題ゼロ外交」「新オスマン外交」に変更。その関連で、イランをテロ支援国家のリストから解除することになった。
  • 2010年、テヘランでのブラジル、イラン、トルコの3カ国間の協定では、当時疑惑の的であったイランの核濃縮をめぐる西側諸国との対立において、ブラジルとトルコが調停を試みた。(結果的に、アメリカの強い反対を受けてこの試みは挫折した。)
トルコとイランの関係(1)イラン革命から21世紀へ(山内昌之)

●シーア派聖地を初訪問したエルドアンの計算

イマーム・フサイン廟
  • 2011年、エルドアンはイラクにあるシーア派の重要な聖地、イマーム・アリ聖廟を参詣した。これは、スンナ派の政治リーダーとして、国際関係において過去の歴史を見ても、ほとんど最初といってよい驚くべき行為。
  • エルドアンは、スンナ派とシーア派の間の齟齬や対立はイスラム内部のことにすぎず、外の世界や特に欧米の前に決定的な亀裂を見せたりすることは得策でないと考えた。
トルコとイランの関係(1)イラン革命から21世紀へ(山内昌之)

●シリア内戦激化と米軍イラク撤退により両国の競合関係が復活

  • トルコは、シリアにおけるムスリム同胞団、自由シリア軍、あるいはアヤド・アラウィ氏に統率されたスンナ派のイラク運動を擁護し、明白に反アサド政権のスタンスを打ち出した。一方のイランは、アサド政権を擁護するという姿勢に変わりがなく、イラクのシーア派の諸政党や政権への支持を譲らない。
トルコとイランの関係(2)緊張関係と今後のシナリオ(山内昌之)

●クルド対応に見るトルコとイランの対立構造

  • トルコは、共和国国内最大のクルド民族主義組織であるクルディスタン労働者党(PKK)と平和構築に努め、北イラクのクルド地域政府(KRG)とも、外交や通商の絆を強化。
  • これにより、内陸国家であるKRGは、トルコ経由でインドや中国、イスラエルといった顧客に石油輸出のルートをつくることを可能となった。一方のトルコにとっては、イラクのシーア派政権に対して孤立しかねないKRGに、てこ入れを図り均衡を取った構図。
  • しかし、イランもKRGに対しては積極的に工作中。2014年夏にイランとKRGとの間に対立が生じ、和解後、KRGのペシュメルガと呼ばれる民兵部隊の一部に、軽火器を提供した。
  • KRGの首都はエルビルには、KRGのマスード・バルザーニ大統領の出身母体であるKDP(クルディスタン民主党)がある。一方、第二の都市であるスレイマニアには、PUK(クルディスタン愛国同盟)があり、イランが影響力を行使している。
トルコとイランの関係(2)緊張関係と今後のシナリオ(山内昌之)

●北イラク独立をめぐる実現可能性の高いシナリオ

  • おそらく、トルコは北イラクの独立を支援し、イランは反対する。なぜならば、イラン西部にあるクルド人の地域とすぐに結び付きかねないから。トルコとの間には、険阻な山岳部が横たわっているが、イランとの間にはそれほど障害がなく、行き来は常にあり得る。それが恒常化し、領土に不安定な要因が入ってくることもイランは危惧している。
  • もう一つの理由として、イランはKRGのエネルギー資源がバグダッドの中央政府に残ることを望んでいる。独立すれば、シーア派中心のバグダッド中央政府の元に石油収入は入ってこなくなる。
トルコとイランの関係(2)緊張関係と今後のシナリオ(山内昌之)

●イランの核問題がトルコの原発製造の動機

  • イランの核保有問題は、トルコの原子炉製造の動機にもなっている。これは、イランからの石油天然ガスの供給がなくても、原子力でエネルギーを賄えるというイランに対するデモンストレーションを意味する。
トルコとイランの関係(2)緊張関係と今後のシナリオ(山内昌之)

●イスラエルとの関係においてもトルコはイランを牽制

  • トルコはイスラエルに敵対しているハマスを援助しているにもかかわらず、最近イスラエルとの関係正常化にサインを送っている。しかし、これは結局、イランを牽制したり、駆け引きの材料としてのある種のブラフやアドバルーンではないかという解釈もある。
トルコとイランの関係(2)緊張関係と今後のシナリオ(山内昌之)

●トルコ・イランの緊張関係の鍵はアサド政権

  • エルドアンは、2015年4月にイランを訪問し、エネルギー分野での協力や中東におけるムスリム諸民族・国家間での流血に終止符を打つために解決策を見つけることで合意した。
  • しかし、トルコにとっては、アサド政権に反対するサウジアラビアとの関係性維持・強化こそが至上命題なので、イランとの合意は口先だけにしかすぎないということになる。
  • いずれにせよ、トルコとイランの関係の深さや質は、シリアにおけるアサド政権に対するイランの支援を軸に旋回し、揺れているのが現状である。アサド政権の権力維持が危うくなれば、トルコとイランの関係もまた緊張する。そうすると、中東における地域大国であるトルコとイランとの間の緊張の増加は、ますます中東の不安定を深める懸念材料になる。
トルコとイランの関係(2)緊張関係と今後のシナリオ(山内昌之)