●シーア派指導者処刑から断交宣言へ

  • 2016年1月2日、サウジアラビアは、政府や王室の転覆に関与したとして、著名なイスラム教シーア派指導者のニムル師を処刑。
  • シーア派の大国であるイランの一部国民がこの処刑に激高し、テヘランのサウジアラビア大使館や、マシュハドの領事館を焼き討ちする事件が勃発。これを受けて、サウジアラビアがイランに対して国交の断絶を表明。
中東最新事情を読む(1)サウジ・イラン断交(山内昌之)

●スンナ派vsシーア派~イスラム教宗派対立

イスラム教宗派国別分布図
(緑系はスンニ派、赤紫系はシーア派、青はイバード派)
  • スンナ派の盟主・サウジアラビアと、シーア派の総本山・イランは、これまでも安全保障などの国益の相対を含めて長いこと競合。いわば、彼らはすでに冷戦状態にあった。
中東最新事情を読む(2)イランの国際社会復帰(山内昌之)
  • サウジアラビアの国教であるワッハーブ派は、スンナ派の厳格化を求めた流れで復古的・禁欲主義。全ての新しい現象を排斥したため、シーア派を認めるはずがなく、シーア派と対決する宿命にある。
  • サウジアラビアのワッハーブ派の禁欲主義は、部族や市民に対しては厳格に適用され継承されているが、王族やエリートは非常に享楽的。このサウジと建前と本音が、ホメイニー以来のシーア派イランから揺さぶりをかけられる根拠にもなっている。
中東最新事情を読む(4)レンティア国家サウジの変容(山内昌之)
  • 両国がもし正面から事を構えれば、通常の国家間戦争レベルにとどまらず、イラクからシリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル、エジプトまでつながる「肥沃な三日月地帯」を舞台に、「スンナ派対シーア派」という宗教戦争に発展する危険性が生じる。
中東最新事情を読む(2)イランの国際社会復帰(山内昌之)

●イランの核合意・制裁解除へのサウジの焦り

ローザンヌでのイランと P5+1 との核交渉
(2015年4月)
  • サウジアラビアがニムル師処刑など思い切った挙に出たのは、イランの核開発原則を図る2015年7月ウィーン最終合意に見られるイラン外交の成功に対する焦りから。
  • イランの米欧との緊張緩和は、サウジアラビアをはじめとするスンナ派アラブ諸国によるアサド政権の打倒を図る対シリア戦略の挫折や、サウジアラビアの対米外交の冷却化と極めて好一対を成している。
  • 米国のオバマ大統領は、すでにキューバ、ミャンマーに続いて、イランという敵性国家との関係を再構築した。これは、地政学から見て、大きなパワーバランスの変化をもたらしている。
中東最新事情を読む(2)イランの国際社会復帰(山内昌之)

●石油増産でも「やせ我慢」で張り合う両国

  • 制裁解除後のイランは、「石油の輸出量を日量50万バーレル増やす」と公言。これは現在、原油価格が暴落する市場において、さらなる原油安の促進を意味し、最大の産油国であるサウジアラビアの弱体化を図る戦略にほかならない。
  • 一方、サウジアラビアも負けじと、石油増産で応じながら、石油輸出国機構(OPEC)の主導権を確保することを狙う。サウジアラビアとイランの間には、宗派対立や政治危機に加え、安い油価をやせ我慢する消耗戦争を当面始めたと言える。
中東最新事情を読む(3)イランとサウジ、どちらが上手?(山内昌之)

●サウジの核開発とMBS対MBN?

ムハンマド・ビン・
サルマーン副皇太子(右)
(MBS)
ムハンマド・ビン・
ナーイフ皇太子
(MBN)
  • イランとの国交断絶後、サウジアラビアのジュベイル外相は、イランが核を保有する場合、サウジアラビアも核の取得を排除しないと公に宣言。
  • サウジアラビアの外交ではムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子(MBS)の活躍が目立つ。これは明らかにサルマン国王による息子への王位継承を策した動きとして解釈されている。
  • 一方、シーア派指導者の処刑を決断したのは、皇太子で内務大臣を兼ねるサルマン国王の甥であるムハンマド・ビン・ナーイフ(MBN)と言われており、外交から国防まで大きな権限をふるうサルマン国王の息子・MBSを苦境に追い込むためだという風聞が、湾岸ではまことしやかにささやかれている。
中東最新事情を読む(3)イランとサウジ、どちらが上手?(山内昌之)

●「レンティア国家」サウジの危機

  • サウジアラビアをはじめGCC(湾岸協力会議)に共通するのは、おのずと地下資源から自動的に入ってくる国家収入から得られた利益を国民に再配分し、国民の日常生活を支え、統治の正当性を得ようとする「レンティア国家」としての側面。
  • しかし、折からの原油価格の下落が財政を直撃、サウジアラビアの2016年予算は3260億リアル(約10兆5000億円)の財政赤字となり、「レンティア国家」としての存続に赤信号がともる。
  • 人口3000万人のうち70パーセントが実に30歳以下のサウジアラビアでは、近い将来、大量の不完全雇用や失業率が高まると予測されるなど、数々の不安材料を抱えている。
中東最新事情を読む(4)レンティア国家サウジの変容(山内昌之)

●イランの「分裂症」~伝統と革命のあいだ

イラン米国大使館人質事件(1979年)
  • イランでは、すこぶる成熟した文明国家の伝統が一方にあり、他方においてホメイニーがあおった革命の情念がくすぶるような熾火(おきび)がいまだに併存しており、双方が分裂気味に対立している。
  • イランでは、選挙が近づくとどこかの外国と事を公然と構えるか、米欧の人を捕虜や人質にとり、危機をあおりたてながら自己主張するというような流れがある。核合意や経済制裁の解除の後でさえ、そういうことが起きたという点に驚かされる。
  • しかし、実際に核協定の調印と制裁解除後は、こうは簡単にいかない。いわゆる「分裂症」を克服し、中東各地で起こる国際イスラム革命につながる武装闘争への支援や、他国への軍事干渉をやめないと、イランは国際的に信頼される地域大国にはなり得ない。
中東最新事情を読む(6)伝統と革命が併存するイラン(山内昌之)

●果たして両大国の対決の行く末は?

  • 外交・安全保障の捉え方や国際関係に対するさまざまな根回しにおいて、イランには老獪さが感じられるのに対し、サウジアラビアは、ある意味では、怒りのまま真っ正直に挙を起こしたという側面も否定できない。こうした点が二国の興味深い対照点。
中東最新事情を読む(3)イランとサウジ、どちらが上手?(山内昌之)
  • サウジアラビアの国王や皇太子たちは、国の財政基盤やこれまでアメリカとの同盟に依存してきた自分の存在感が、ますます弱まることを知っており、2015年12月のトルコとの戦略的パートナーシップ合意など、同盟、支援体制づくりによる立場の維持に必死。
  • 一方、ホメイニー主義に忠実な独立的分子と、国益を絶えず意識する革命分子の二つの流れを国内に抱えるイランは、どう転んでもシーア派優位の中東新秩序形成に生かそうと、その分裂的状態さえ巧みに利用している。
  • イランとサウジアラビアの対決には、国家間、安全保障、油価をめぐる対立の他に、シーア派対スンナ派という宗派対立の側面があるということは事実。宗派対立は両国の関係に限らず、現実にシリア問題をはじめとし、中東複合危機をますます深める要因になる。
中東最新事情を読む(7)危機の元凶・宗派対立(山内昌之)